90話 俺たちは山の上に牛の牧をつくった
ブラック企業で過労死寸前だった俺は、通勤途中で猫を助けて命を落とした。神様から授かったチートは「スマホが使える」こと。転生先はなんと壇ノ浦、入水直前の安徳天皇!? 優雅な宮中の裏で待っていたのは、庶民の悲惨な暮らしと落人狩りの惨劇。里人を救い、俺の二度目の死を避けるため、俺は未来知識とスマホを武器に、青景の里で豊かで安全な暮らしをしたいのだが……試練は続く……
牛を台山に連れて上がるのは、大人でも泣きたくなるほどの重労働だった。
「うおお……! 動けよ、牛ちゃんよぉ!」
ハヤテが汗まみれで綱を引っ張る。
「ほら、がんばれ! あとちょっとだ!」
俺は牛のお尻を叩いて声を張り上げた。
牛は「モォォォ!」と文句を言いながら、それでも一歩一歩登っていく。
ようやく「柳の水」へ着いたとき、牛たちはたまらず泉に顔を突っ込み、ごくごくと水を飲み、やがて草むらに口を突っ込んだ。
「見て! もう食べてる!」
牛飼いの子が歓声を上げる。
その姿に地頭の親父さんが目を細めた。
「ここを新しい牧としよう」
木こりが斧を担ぎ、にやりと笑った。
「屋根だけの牛小屋なら、すぐ建てられるぜ」
雁丸は剣を置き、代わりに斧を手にした。
「戦うためじゃなく、人を守るために刃物を使う……悪くないな」
昨日まで怒りで燃えていた瞳が、ようやく穏やかになっていた。
その後はもう、村総出のお祭り騒ぎだ。
「せーの!」の掛け声で柱が立った。
子どもたちも負けていない。小さな手で草を抱えてきて、牛の寝床にばらまく。
「ほら! フカフカだぞ!」
「モォォ~」
牛は満足そうに鳴き、のそのそと横たわった。
数日のうちに、粗末ながらも立派な牛小屋が完成した。
夜は屋根の下で眠り、昼は台山を歩き回り、夕方になると子どもの呼ぶ声にちゃんと戻ってくる。
「……まるで、生き返ったみたいだ」
牛飼いの子がぽつりと呟く。
親父さんはにっこり笑った。
「これでよい。もう京の貴族へ牛を京へ献上する必要はなくなった。乳を搾り、醍醐を作れ。それをこの地の宝とするのだ」
サワとミサが胸を張った。
「乳を煮詰めて加工して白いかたまりにするんですよ。それが醍醐!」
「この世で一番おいしい物なんですって!」
ハヤテが目を輝かせた。
「この世で一番おいしいものかぁ……」
源さんが空を仰いで笑った。
「死んだ里が、生き返っていく……」
牛たちの息が白く、夕空にのぼっていく。
――牧の再生は、里の再生そのものだった。
里人の悲しみはまだ消えない。
けれど、確かにここから、俺たちの暮らしは動き出していた。
♪黒猫クロエのニャンノート♪
台山と言うのは、山口県美祢市にある秋吉台のことニャ。
秋吉台にある「柳の水」は、あなたのスマホのマップで「柳ノ水」と検索するとでてくるはずニャ。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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