88話 俺は落人狩りの仕業で、魂に火が付いた
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
ここに、元平家の侍で、今は名前を隠し「料理屋」と呼ばれている男がいる。
元漁師の地侍。本名は本庄 弥五郎。最近は本人さえも名前を忘れているんじゃないかな。
今朝も料理屋が自慢の粥を作った。
木の椀に盛られた白粥には、赤い梅干しがちょこんとのっている。
朝になると、サワとミサがたすき掛けで屋形の手伝いに来てくれた。
「お口に合うかどうか……」
サワが恐る恐る差し出すと、小十郎は鼻を鳴らして受け取った。
「ほう……いい匂いだ」
ごくりと粥を流し込み、酸っぱい梅をかじる。
「ふむ、悪くない! ここんとこ、味のないものばかりだったからな!」
次郎も猫背を揺らしながら椀を手にした。
「へへっ、この粥は悪くない。ねえ兄貴」
「うむ、そうだ」
食後には、湯を張った椀を差し出す。
二人は音を立てて飲み干し、喉を鳴らした。
「もてなし、ありがたく頂戴した。では、そろそろ行くとしようか」
小十郎が槍を肩に担ぎ、立ち上がる。
「今夜は宿を借りただけ。だが次に通るときは、酒と肴を頼みますぜ」
次郎がいやらしく笑い、舌なめずりをした。
――ふたりは丁寧にもてなされたことで満足したのか、機嫌よく屋形を後にした。
胸をなで下ろしたのも束の間。
昼頃、青景の小川の近くにある牛囲いへ、落人狩りが向かったという知らせが走った。
その時は、それがどういう意味か、俺たちにはわからなかった。
しばらくして、広場の外から、ばたばたと小さな足音が近づいてきた。
「た、助けてぇえええ!」
まだ十歳にもならないような子どもが転げるように駆け込んでくる。顔は涙と泥でぐちゃぐちゃだった。
「どうした!?」
ハヤテが真っ先に走り寄る。
子どもは息を切らしながら叫んだ。
「う、牛囲いに……落人狩りが……父ちゃんを、……父ちゃんをやりで殺した!」
その場の空気が一瞬で凍りついた。
屋形では荷物の中を改め、置き場所を決めていた。
作業中の男たちが、みんな出てきた。
ざわめきが広がる。
「落人狩り……?」
俺の背筋に冷たいものが走った。夜中に同じ屋形にいたあいつら?
まさか、そんな酷いこと――。
子どもは俺の衣をつかみ、泣きじゃくりながら言葉を重ねた。
「牛も、みんな、連れていくって言ってた。……。さっきは2頭を引いて行った。……お願いだ、助けてよ……!」
「家には誰かいる?」
「じいちゃんと母ちゃん。……一緒に隠れていたんだ」
サワとミサが出てきて、膝をついた。
「地頭様、青景の端にある「牛の牧」はもともと平家の荘園。
年に二頭の牛を京に献上することの見返りに、庇護を受けていました」
「ここ青景の地は、こうやって何度も落人狩りにあいました。
男たちが殺されたり連れていかれたりしています。
焼かれた家もあります。
やつらはわたしらのことを……平家のクズどもと言うのです」
「ゆ……許せない」
俺の胸に火が付いた。
この里には……戦で父を失った子がいる。
荒れ果てた田んぼがある。
そして今、残された牛まで奪われようとしている。
親父さん――秀通は、ぐっと唇を引き締めて立ち上がった。
「地頭の名にかけて、庇護する。お前の家の者も、牛たちも……」
「そうだ! 親父さん。そうだ! 守って行こう」
俺は叫んだ。牛飼いの子に向かって。里人に向かって。
里に住むみんなに向かって――
「俺は地頭の息子、安介だ!……俺はもう我慢しない!!
落人狩りの奴らに勝手なことは……させない!!」
――俺の魂に火が付いた!
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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