85話 俺たちの親父さんは、青景氏と改名した
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
ひとりの女が立ちあがった。
紺の着物を着て、帯の代わりに縄を結んでいる。髪をひとつにまとめたその姿は、働き詰めでくたびれてはいるが、背筋の通った強さを感じさせた。年の頃は三十前後だろうか。
女は親父さんに深々と頭を下げ、それから女の子の手を引いた。
「帰るよ」
低い声には、決意がにじんでいた。
だが、女の子は首を振って手を振り払った。
「いやだ! おとうはどこにいるの? ねえ、おじさん、知らない? うちのおとう、帰ってこないの!」
必死に縋りつく声。親父さん、源さん、トラさん……誰彼かまわず腕をつかみ、問いかける。
ついに耐えきれず、女の子は泣き出した。嗚咽が広場に響く。
他の子どもも、つられるように泣き出した。
女たちも目元を布で覆い、鼻をすすった。
この地では、領主と共に戦に出た男たちが――帰ってこなかった。
頭ではわかっていた。でも、こうして目の前で突きつけられると胸が痛む。
そのとき。
「ねえ、聞いてくれ!」
ハヤテが飛び出した。
「おいらのお母ちゃんとお父ちゃん、源氏に殺されたんだ!」
――空気が止まった。
「だけど、おいらは生きてる。
……子どもだから、生きていくために……源氏のおっさんたちと一緒に歩いてきたんだ!」
女童が、涙でにじんだ目を見開く。
「おいらは荷物運びをした。みんなの荷物をだ! でも、このおっさんたち、源氏だけどいい人なんだ。食べ物も分けてくれたし……風呂にも入らせてくれた」
ハヤテは歯を食いしばり、胸を張った。
「だからな。もし、おめえのお父ちゃんが帰ってきたら、きっと助けてくれるよ!」
親父さんが、無言でハヤテの頭をわしわし撫でた。
そして、胸いっぱいに息を吸い込み、大声を張り上げた。
「源氏も平家もない!」
広場が震えるほどの声だった。
「この青景では田畑が荒れておる。明日から、一緒にやろうじゃないか!」
すると、背の高い女が叫んだ。
「地頭さま! それは願ってもないことですが……我ら平家の者は追放されるのではないですか? それに、領主様や男衆が帰ってきたら……源氏様に差し出されるのでは?」
人々の視線が一斉に集まった。鋭く、真剣な眼差し。
親父さんは拳を握り、力強く言った。
「約束する!
……落人狩りには差し出さぬ。
平家の落人は、この秀通がとことん隠す!
だから皆で助け合おう。
村のことは外には漏らすな。……そして、もし帰ってきた者があれば、……すぐここに連れてこい!」
だが、それでも村人たちの顔にはまだ不信の色が残っていた。
そのとき――女の子が指を突き出した。
「あれがいや!」
みんなの視線が一斉にそちらへ向く。
指さした先にあるのは、石垣に立てられた源氏の白旗だった。
「おとうは赤い旗を持って戦に行ったんだ!」
親父さんは目を閉じ、ぐっと拳を握った。そして、目を開けたときには決意が宿っていた。
「……旗を片付けろ」
六さんが白旗を引き抜く。
その瞬間、俺は思い出した。
荷物の奥底にしまい込んでいた、あの紅い衣のことを。
俺は駆け出した。
「親父さん! これ!」
取り出したそれを差し出す。
親父さんは紅い衣を広げ、しばらく見つめ、それから大きくうなずいた。
「……安介、ありがとう」
そして、白旗を手に取る。
「紅白の布を縫い合わせ、青景の新しい旗としよう!」
広場にざわめきが広がる。
「赤い布も使うのか?」
「そうだ! これは戦の旗ではない。共に生きる旗じゃ!」
人々の顔から強ばりが消え、どよめきはやがて拍手に変わった。
親父さんは紅い衣を掲げ、声を張った。
「この日より、わしは名を改める! 藤原秀通ではない! 青景秀通と名乗ろう!」
「おおっ!」
「青景さま!」
「秀通さま!」
人々は一斉に頭を下げた。
こうして――青景の里が生まれ変わった。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
ブックマークしていただけると、とても励みになります!
リアクションやコメントも大歓迎。
感想をいただけたら本当に嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!