84話 俺たちは青景の屋形につき、里人に会った
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
トラさんが駆け出したあと、俺たちはまた二列になって歩いた。
左右に広がるのは――水田? ……いや、ただの枯れ草の原っぱだ。
おかしい。稲を刈ったあとの株もない。
これまで見てきた村とは景色が違っていた。
山際にはかやぶき屋根の家々が並び、戸口に人影が立って俺たちをじっと見ている。
トラさんは一軒ずつ声をかけて回っているようだった。
屋形の下には、ちょうど馬をつなげる杭があった。
俺はじいさまと山中さんをそこに座らせ、ひょうたんから水を飲ませる。
雁丸が刀の柄に手を置き、低い声を漏らした。
「じいさまたちと馬と荷物は、俺が見張る」
その一言で、少し心が落ち着いた。何かあっても雁丸の剣がある。
六さんが先頭を進み、源さん、九郎、親父さんと続く。
そのすぐ後ろを、俺とハヤテが守るように歩いた。
振り返ると――思わず息をのむ。
「……ここは……」
すばらしい景色が広がっていた。
細く平地が広がり、川が流れていた。
家々は山の裾を縁取るように並び、まるで絵巻の一場面みたいだった。
「安介、こういうのを盆地って言うんだ」
「……盆地」
俺は小さくつぶやいた。
そのとき、トラさんが石垣に白い旗を立てた。
源頼朝公から任じられた地頭の印――源氏の旗だ。
屋形の中は空っぽで、腰掛だけが残っていた。
「里人が来たらここに座れ、ってことか」
親父さんはそう言って、しばらく待ったが……誰も来ない。
「……よし、ちょっくらやるか」
親父さんは屋敷の中をごそごそ探し、なんと太鼓を引っ張り出してきた。
「誰か叩いてくれんか?」
みんな顔を見合わせて首を振る。
「いやあ、そういうのは……」
「強く叩いて、村の者が『なんじゃ?』と思って来れば早いだろう」
視線がこっちに集まる。
ハヤテがニヤリとして言った。
「安介、おまえだろ?」
「えっ……」
ハヤテが耳に口をつけてささやいた。
「ほら、屋島でも彦島でも習ってただろ? 二位の尼様に」
親父さんからばちを受け取ったハヤテが、それを俺に差し出した。
「……できるかな」
ばちを握ると、懐かしい記憶がよみがえる。
御所で練習した、笛や太鼓の音。胸が少し熱くなった。
「おーい安介! がんばれよー!」
六さんの声に押され、俺は思い切って打った。
トーントーントトトトトトト……トン。
「おお?! いいぞ!」
「なんだか雅な太鼓じゃな」
みんなが拍手してくれる。
調子に乗って続けて打つ。
トーントーントトトトトトト トン。
……そのとき。
家々から人影が現れた。ひとり、ふたり、三人。
やがて列になり、こちらへ向かってくる。
おじいさんもおばあさんも、子どももいる。
どの人もきちんと髪が整えられ、着物もこざっぱりしていた。
田畑で野良仕事をする人々とはまるで違う。
「わしらを見て着替えたんじゃろう」
源さんが親父さんにささやく。
「知らぬ侍がこんなにいたら、びっくりするわな」
やがて村人たちは広場に並び、静かに座り込んだ。
石垣の白い旗をにらみ、誰もが嫌そうな顔をしている。
トラさんが前に出た。
「こちらにあらせられるは、この度、源頼朝様より地頭職を任ぜられた藤原秀通さまである。青景の民よ、地頭様の声を聞け!」
声には侍としての威厳が宿っていた。
親父さんは一歩前に進み、大きな声で言い放った。
「わしが地頭じゃ!」
その声は盆地いっぱいに響き渡り、村の隅々にまで届いた気がした。
年老いた男が顔をあげる。
「……地頭様ですな。よろしゅう、お願いします」
深々と地面に頭をこすりつけた。
そのとき、赤い衣の少女が叫んだ。
「殿様は? 一緒に帰ってこなかったの?」
大きな瞳がぱちぱちと揺れている。
「おとうは? おとうはどこ?」
胸が痛んだ。
あの子の父は、もう戦で――あるいは……。
壇ノ浦の光景がよみがえる。首をなくした遺体、沈んでいった船、果たして何人生き残れただろう。
涙がにじんだ。戦で辛い思いをしたのは、俺だけじゃない。
この人たちも同じように大事なものを喪ったのだ。
田は荒れ、男手を失った村にも税だけは課せられた。
座っているのは年寄りと女たち、そして子どもたち。
――どんな苦労をしたんだろう……
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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