83話 俺たちは里人に思いを馳せる
今日も長い旅路だった。
この辺りは日暮れが早い。
西側の山のせいで夕日など見えない。
日が陰り冷気がじわじわと体温を奪っていく。
じいさまの顔は赤黒くなり、胸の奥から絞り出すような咳が漏れる。
山中さんも、一歩ごとに肩を震わせ、うっ、と呻きを飲み込んでいた。
ふたりの姿を見るのは、正直、きつい。
「休む?」
気づけば声をかけていた。
けれどじいさまは、弱々しくも首を横に振る。
「いや……いい。急ぐぞ」
その声は掠れていたけど、瞳はまっすぐだった。
じいさまは、俺の耳元に低く囁いた。
「安介、いいか……日が暮れるまでに、一刻も早く青景に入るぞ。
里人に、地頭であることをしっかり示さねばならん」
「わかったよ、じいさま」
「大事なのは――尊敬と信頼を得ることじゃ。
わしたちは、里の人たちにとって恐ろしい『よそ者』じゃからな。
地頭として認められなければ……闇討ちにあうやもしれん」
その言葉に背筋が冷たくなった。
でも同時に、じいさまがやっぱり「上に立つ者」なんだと実感する。
命を削ってでも、「大事なこと」を優先する――それがじいさま。
やがて道の先に、小川が現れた。
俺たちは荷を抱え、石を選んで慎重に渡る。
冷たい水が足首を濡らし、ぶるっと身震いした。
馬もためらったけど、源さんの低い声に導かれて、なんとか渡りきった。
川を越えると、広がっていたのは田んぼ。
けれど――その光景に胸がざわついた。
「……稲が、ない?」
稲刈り跡は確かにある。けど、それ以上に目についたのは――枯れ草に覆われた荒れた田。
六さんが低くつぶやいた。
「田植えが……できてねえんだ」
理由は、すぐにわかった。
「三月の合戦で……男たちが帰ってこなかった。働き手がいねえ」
胸が重くなる。
戦は終わったはずなのに。
刀を交える音は消えても、村の暮らしはまだ取り戻せていない。
「……俺たち、子どもも含めて十一人の男だ」
誰かが小さく言った。
「働き手として……受け入れられるかもしれねえ」
顔を上げた。
山の中腹、木々の間に館が見えた。
階段を上った先に、ぽつんとそびえている。
――あそこが、青景の館。
胸がどくんと跳ねた。
「ついに……来たか」
だけど、不安も同時に渦を巻く。
「どんな人たちが待っている?」
「俺たちを受け入れてくれるのか?」
「平家の村だ。源氏の親父さんは……大丈夫なのか?」
そして、もうひとつ。
「……じいさまは大丈夫なんだろうか」
じいさまは『許された』と言う。
だが、同じ平家の味方をした者として――どんな目で迎えられる?
里人の心にはまだ、許せぬ思いが残っているかもしれない。
歩きながら、俺たちは延々と話し合った。
どうしようもない不安を、何度も何度も繰り返し口にしながら。
言わずにいられなかったのだ。
――あの階段の上に、何が待っているのか。




