77話 俺たちは冬の日本海の洗礼を受けた
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
朝がきた。
かゆをかき込み、荷を舟に積み込む。
――そして、俺たちは日本海へ出た。
「おお……!」
瀬戸内とは違う。海は広く、波は荒い。
帆は大きくふくらみ、舟は勢いよく進んでいく。
「この調子なら、長門はすぐだ」
次の瞬間、白い波頭が立ち、舟を直撃した。
「うわっ!」
身体が宙に浮き、海に叩き落とされそうになる。
(やば……!心は大人でも、体は七歳児なんだぞ!)
「安介ぇ!つかまれ!」
ハヤテの声が飛ぶ。
必死に櫂にしがみつき、なんとか落下を免れた。
「瀬戸内と違って、半端ねぇ波だな!」
トラさんが櫂をふるい、必死に舟を立て直す。
戻りたい……でも、戻ることはできない。
瀬戸内海では見たことのない大波。
俺は怖かった。
でも、海の男たちは、それぞれができることを必死でやる。
じいさまでさえ、波をつぶす動きをしている。
舟の上は緊張でみなぎっていた。
「くるぞくるぞ、……そーれ」
ドン!!
波と舟との戦いだった。
――俺たちは波に負けない。
――荷物を落とさない。
「入江だ!あそこに入れ!」
雁丸の叫びに、皆で力を合わせる。
舟は荒波に翻弄されながらも、どうにか小さな砂浜へと乗り上げた。
「……ふぅ……」
とにかく、生きてここまで来た。
舟、マジ怖ぇ……。
――そのときだった。
荒波の中、海に潜る女たちの姿が目に入った。海女だ。三人。
「舟に近づいてくるぞ!」
緊張で息をのむ。
「平家のお方か?」
どきり。胸が跳ねた。
トラさんがすぐに前へ出る。
「いや、我らは源氏だ。鎌倉殿に命じられ、ある里を目指しておる!
ここは、なんという浦か?」
「ふむ……」
海女は訝しげに目を細め、だがそれ以上は何も言わず、
「《《ゆや》》っていうところじゃ。
油に谷と書いて油谷だ」
それだけ告げると、再び海に潜っていった。
籠の中には、サザエやワカメがぎっしり。
味方なのか、敵なのか……わからない。
いや、誰も信用できない。
「今日は、舟はもう無理だな」
親父さんの一言に、全員がうなずいた。
「馬が要る」
砂浜に戻った海女に尋ねる。
「舟と馬を交換したい。誰に話せばいい?」
「油谷の浦長じゃ。川をさかのぼった先に館がある」
親父さん、源さん、六さんの三人が向かうことになった。
「俺はじい様を守る」
トラさんがそう言って、じい様を背負い陽だまりへと連れて行く。
俺とハヤテと雁丸は、海女からサザエやワカメを買った。銭で。
潮の香りと共に、怪しい話も聞こえてきた。
――平家の落人を匿っている、と。
痩せこけ、全身傷だらけで、もう長くはないかもしれない。
「……罠かもしれねぇぞ」
雁丸が目で合図する。
けれど、胸が締めつけられた。
「……会わせてくれないか」
海女たちはひそひそと相談し、首を振った。
「源氏のお方に話せるわけなかろう。殺されるか、捕らえられるかじゃ」
そのとき、じいさまが低く言った。
「会いたい。……もし源氏と名乗るなら、捕らえるとでも言えばいい。殺しはせん、きちんと弔ってやると……そう言えば、安心するかもしれん」
まさにその時。
親父さんたちが油谷の浦長を連れて戻ってきた。
「馬だ!」
浜に連れられてきた馬に皆が歓声を上げる。
トラさんが舟を叩いた。
「これで決まりだな!」
――こうして、俺たちは舟を手放し、馬での旅へと切り替えることになった。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
ブックマークしていただけると、とても励みになります!
リアクションやコメントも大歓迎。
感想をいただけたら本当に嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!