76話 俺たちは川棚温泉で一夜を過ごした
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
温泉でじいさまの体を清めたあと、俺たちは川棚の旅籠に泊まることにした。
といっても、この時代の旅籠なんて、屋根と板張りの床があるだけの簡素なものだ。食事も自炊だ。
「ここなら雨風もしのげるな」
親父さんが天井を見上げてつぶやいた。
その声には、ほっとした響きが混じっていた。
夕餉の支度が始まる。
料理屋が抱えてきたのは、米と塩と煮干し――旅の命綱みたいな食材ばかり。 だが、俺たちにはそれで十分だった。
「雁丸、こっち手伝え!」
「承知! 副料理長の出番とみた」
雁丸がひょいと鍋を持ち上げ、慣れた手つきで米を研ぐ。
火がぱちぱちとはぜ、煮干しの香りが板間いっぱいに広がった。
「……梅干し、くれたんだ」
お花とお鈴が作ってくれた梅干し。
あの柳籠の奥に入っていたやつだ。
梅干しを見ると、ふたりを思い出す。
やがて、雑炊が出来上がった。
皆で椀を手に取り、湯気をふうふう吹いて、口に運ぶ。
「うまい!」
「おお、腹にしみるな!」
トラが豪快に言った。
じいさまも少しずつ箸を動かし、汁をすすった。
痩せこけた頬に、わずかな赤みが戻ったように見えた。
髪も髭もさっぱりとして、青い衣も似合ってる。
――じいさまは、ほとんど何も言わない。
九郎がつぶやく。
「じいさまの心の傷、目には見えないけれど……深いと思う」
食事のあと、俺たちはキレイに洗った互いの顔を見合った。
ハヤテが頬をつつく。
「……おい、安介。お前、こんなにかわいい顔だったのか?」
「ハヤテこそ、イケメンだ」
「なんだそれ?」
雁丸は頬を緩めて刀の手入れをする。
みんなで笑った。
声を出して笑うなんて、いつぶりだったろう。
ふりかえれば、戦や逃亡の重苦しい日々ばかりだったな。
日が落ちたら寝るしかない。
広い板間に横になった俺は、大の字になってみた。
手も足も伸ばして眠れる。ありがたい。
耳に残るのは、すぐに仲間たちの寝息が聞こえた。
遠くで川の音がかすかに聞こえる。
「……明日は萩へ」
親父さんの言葉が思い出された
そこで、舟を馬に替え、新しい旅が始まるという。
――俺たちの旅は、これからだ。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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