75話 俺たちはじい様を湯に入れた
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
舟は静かに海岸沿いを北に向かった。
やがて湯けむりが立ちのぼる川棚の里に着いた。
潮の匂いに混じって、――鼻をつく独特の硫黄の匂い。
「……ここが川棚温泉だ」
親父さんが低くつぶやいた。
湯の湧く土地は、旅人たちでにぎわっていた。裸の男たちが肩まで湯につかり、女や子どもたちが桶で湯をくみかけている。
俺たちはその光景に、しばし足を止めてしまった。
じいさまを抱えていた親父さんが振り返り、俺たちに言う。
「まずは、じい様をきれいにしてやろう」
そう言われて、俺とハヤテ、九郎、トラたちは顔を見合わせ、無言でうなずいた。
湯の傍らで、俺たちはじいさまの衣を脱がせた。
骨と皮ばかりに痩せこけた体に、むち打ちの痕が幾筋も走っていた。
髪は抜け落ち、まだらに残る髭もぼうぼうに伸びている。
九郎が震える手で桶を持ち、湯をすくった。
「じいさま……ごめんよ。おいて行って、ごめんよ……」
九郎の涙が、湯に落ちた。
「わしが残ると、そう言ったんじゃ。おめえのせいではない」
じいさまの声はかすれていたが、不思議と穏やかだった。
「あの時、足の指の骨が折れていた。あのとき、わしは逃げおおせる自信が無かったのじゃ」
トラが黙って髪を剃り、ハヤテが背をこすった。
俺も桶を取り、湯をかけ続ける。
こすってもこすっても、かさぶたが落ちていく。
その下から、薄桃色の新しい皮膚がのぞいた。
「……これは」
俺は息をのんだ。
鎖骨のあたりが、でこぼこと盛り上がっていた。
「折れて、くっついた跡か……」
俺たちは顔を見合わせ、目を伏せるしかなかった。
でも、背を向けてはいけない。
これは――《《俺だったかも》》しれない。
「よし、もういい。湯に入ろう」
親父さんの合図で、じいさまを支えながら湯へと導く。
湯の中に入ると、じいさまの顔が少しだけほころんだ。
「……あたたかいのぅ……極楽じゃ……こんな日がくるとは思わなかった」
たまらない言葉だった。うっかりすると涙がこぼれる。
九郎はもう声をあげて泣いていた。
皆、涙で顔を濡らしていた。
――湯けむりの中で、じいさまの喜ぶ姿が何より嬉しかった。
それは、生まれ直しの儀式のようだった。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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