74話 俺たちは青景に向かって出発した
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
舟の帆が風をはらみ、海面がきらきらと光を返していた。
俺たちは荷を積み終え、いよいよ出立のときを迎えていた。
「お兄ちゃん……!」
お花とお鈴が、目を真っ赤にして駆けてきた。
二人の手は冷たく、震えていた。
「泣くなよ」
ハヤテがわざと明るく笑ってみせる。
「おいらたち、また必ず戻ってくるからよ」
でも、二人の大きな瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
……本当にこれで別れなるんだな。
舟には、衣も墨も紙も積んだ。
土に埋めて隠していた刀も取り出した。
握り飯を竹皮に包み、ひょうたんに水を詰めた。
金もある。
そして……俺たちには、トラがいる。
「おお、見ろよ!」
雁丸が笑いながら指を差す。
トラが、虎の毛皮を肩に掛けて仁王立ちしていた。
「まるで本物の虎だ!」
「親父さんとじい様は、……俺が守る!」
トラの声は海風にも負けず響き渡った。
その姿に、お花ちゃんとお鈴ちゃんも笑顔を見せた。
舟の後ろでは、親父さん――藤原秀通が、じいさまを抱きかかえていた。
じいさまはまだやせ細り、髪もざんばらで、体には傷が残っている。
だが、俺たちは信じていた。次の地で、必ず元のじいさまに戻せると。
「……行こう」
親父さんの低い声で、全員が舟に乗り込んだ。
櫂が海をかき、舟はゆっくりと沖へ出ていく。
振り返れば、浜辺に立つお花とお鈴が大きく手を振っていた。
その姿はどんどん遠ざかり、点になってしまった。
それでも二人は、ずっと手を振り続けていた。
潮風が頬をなでた。
涙はこぼさなかった。
「なぁ、安介」
隣でハヤテが考えている
「俺たち、海が好きだろ。海がない村って、暇なとき何をするんだろう? 舟も出せないし、釣りにも行けなんだろ?」
「……さあ。わからないね」
雁介が言う。
「決まってる。剣の稽古だ」
舟は北へ。
静かに進んでいった。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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