72話 どうする? 俺たち!慣れた暮らしか未知の世界か
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
夜になっても浦長の屋形では、まだ笑い声と酒の匂いが続いていた。
だが俺たち三人は輪から抜け出し、屋形の裏手に出る。
夜風は冷たいのに、頬にあたると心地よい。
頭上には澄んだ空。星がびっしりと瞬いていた。
「……なあ」
雁丸が口を開いた。
懐に短刀を抱え、どこか遠くを見るような眼差し。
冷静で、決して感情を表に出さない。けれど言葉の重さは鋭かった。
「もし青景に行ったら、また戦になるんじゃないか」
「ん?」
ハヤテは草の上に寝転がり、両手を頭の後ろで組んだ。
「戦はごめんだ!」
「舟と海だけで十分だろ? 魚を捕って、焼いて食ってさ。俺は漁がしたいんだ!」
その無邪気さに救われるけれど、俺たちが抱える現実は重い。
「……でも、じい様は行く」
俺は拳を握りしめた。
「親父さんも行く。あの二人を見捨てられるか?」
ハヤテがにやっと笑う。
「安介はほんと真面目だよな」
けれど、その目は星をにらみつけていた。
「俺だって親父さんもじい様も好きだし、助けてもらった。だけど……血を見るのは嫌なんだ」
雁丸は黙っていた。
夜風が髪を揺らし、横顔がやけに大人びて見える。
やがて低い声が漏れた。
「……青景の里で、俺たちが平家方だと知れたら捕らえられる。
だが……それでも俺は、じい様についていく」
「えっ」
「ここで漁師に戻ったところで、いずれ源氏に売られるだろう。
俺たちが平家の落人だって全員が知っている。
だったら青景に行き、じい様と共に生きる」
その言葉は冷静で、刃のように鋭かった。
ハヤテががばっと起き上がる。
「……本気かよ」
「本気だ」
雁丸の瞳は微動だにしない。
俺は二人を見比べた。
どうする? 俺……。
ずっと、胸の奥に……重くのしかかる思いがあった。
――俺は安徳天皇。
壇ノ浦で死んだはずの命を、生かされた。
死んだ侍に「平家の再興」を託された。
二位の尼も俺を守ろうと海へ身を投げた。
母・徳子は仏門に入り、「建礼門院」と名を改めて、平家の菩提を弔っている。
それでも……まだ、各地には平家の落人が生き延びている。
俺たちがそうであるように、山に、谷に、隠れているはずだ。
そして――義経。
馬関で総大将を務め、あの壇ノ浦を指揮した英雄。
京に凱旋したはずのあのお方が、なぜ……「謀反人」と呼ばれている?
「……クロエ、教えてくれ」
俺の言葉に、クロエは闇の中から黒い姿を現した。
ふたつの緑の目だけが浮かび上がる。
「みゃあ」
「源義経――壇ノ浦で平家を滅ぼした最大の功労者だニャ。
だがその功が大きすぎた。頼朝にとっては弟でありながら、危険な存在となったんだニャ」
「危険……?」
俺が問い返すと、クロエは小さくうなずいた。
「義経は戦の天才だった。少数で大軍を破り、無理だと笑われた戦をすべて勝ちに変えた。
だが、政治には疎く、礼儀を欠いた。京で官位を授けられ、頼朝に無断で受けてしまった。
それが鎌倉殿の怒りを買ったのニャ」
「無断で……」
「頼朝は秩序を欲したニャ。武士が朝廷に従わず、自らの命で動く体制を作ろうとしていたニャ。
そんなとき、弟が勝手に朝廷の官位を受けた――それは裏切りに等しい。
だから義経は、『謀反人』の名を着せられたニャ」
クロエの声は淡々としていたが、その瞳は鋭かった。
「今や頼朝は鎌倉殿と呼ばれているニャ。全国に守護・地頭を置き、義経を探し捕らえようとしている。
それが新しい秩序――源氏の世の形。
……そして、親父さん……秀通はその命を受けたニャ。青景の地頭として」
俺の心はざわめいた。
平家を滅ぼした英雄、義経までもが追われる身……。
もし見つかれば――どんな沙汰があるのだろう。
俺たちと同じように、落ち延び、隠れるしかない。
――これは、俺だけの戦いじゃない。平家の落人も、義経もまだまだ戦っている。
「なら……俺も行く」
「安介!」
「俺には使命があるんだ。
平家は滅んだかもしれないけど……俺が生きている限り、血は絶えていない。
再び旗を掲げることができるかはわからない。
でもせめて、じい様と親父さんと一緒に歩む。それが俺の道だ」
ハヤテはしばらく黙っていたが、やがて大きくため息をついて笑った。
「……ったく、二人ともカッコつけやがって。
わかったよ、俺も行く! どうせ俺だけ置いていかれたら退屈で死んじまう!」
無邪気な笑顔。
それが場の空気を一気に和らげた。
三人で顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「ははっ……」
「けっきょく一緒か」
「当たり前だろ」
青景に行く。じい様と、親父さんと共に。
そして、俺は――平家を……なんとかする……かも
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