70話 俺たちは、驚いた。「我が弟を捕らえよ」とは
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
舟は潮に押され、ゆっくりと浦へ戻ってきた。
漁港の先に、浦長の屋形が見える。
「おーい! 戻ったぞー!」
浜辺にいた若衆が駆け寄り、縄を引いて舟をつないだ。
最初に足を踏み下ろしたのは親父さん――そしてじい様。
その姿を見た途端、待っていた女衆がざわめいた。
「あの方が秀盛様……じい様だ!」
「捕虜囲いから生きて帰ってきた!」
ざわめきは大きな波となったが、俺たちは浮かれすぎない。
ここまでたどり着けたのは奇跡。まだ油断はできないのだ。
屋形から浦長が姿を現し、胸を張って叫んだ。
「おかえりなさいませ!」
その一声で、張り詰めていた肩の力がすっと抜ける。
屋形の中にはすでに火鉢が並べられ、湯気の立つ鍋がぐつぐつと音を立てていた。
「冷えただろう。さあ、上がってくだされ」
俺たちは順番に屋形へ入り、土間の腰掛に座った。
冷えた身体が、じんわりと温かさに包まれていく。
親父さんは姿勢を正し、浦長に深く頭を下げた。
「浦長、家臣どもが世話になっております。謹んでお礼を申し上げる」
集まった家臣たちを見渡し、親父さんの声が重く響く。
「父、秀盛の家臣も、秀通の家臣も、そして雁丸・ハヤテ・安介も……皆そろったな」
息をのむ静寂。
やがて親父さんは語り出した。
「頼朝様にお目通りし、お願いしたのだ。
『捕虜となっている父・秀盛の命を助けていただきたい。領地はすべて返上してもよい』――と」
その場にいた誰もが耳を傾ける。
「頼朝様はしばし考えられた。
そして言われたのだ。『幸せな父上殿じゃのう。わかった、領地は没収、だが父を赦す』と」
土間に安堵の息が漏れた。
だが親父さんの声は続いた。
「……しかし、頼朝様は続けられた。
『義経を捕らえねばならぬ』と」
「なっ……義経様を!?」
ざわめきが広がる。
●黒猫クロエのニャンノート●
義経ニャ……戦時に敵方の平時忠の娘を娶ったことで、兄の頼朝に疑われたんだニャ。娘は郷御前。女の子が生まれたニャ。
元暦2年(1185年)5月、義経は壇ノ浦で捕らえた宗盛・清宗父子を護送して鎌倉に行こうとしたけど、腰越で止められてしまったニャ。宗盛父子だけが鎌倉に入り、父子はやがて近江で斬首されたんだニャ。
義経は腰越状で許しを乞うたけれど、頼朝は聞き入れなかったニャ。同じ年の10月には、後白河法皇に頼んで頼朝追討の宣旨を出したけど、挙兵は失敗。ここから二人の対立は決定的になったんだニャ。
この話は、ちょうどこの頃のことだニャ。
腰越状は江戸時代の子どもの手習い(習字の手本)として活用された。義経が兄の誤解を解こうと必死に訴える手紙を昔の子どもたちはどう思ったのだろうニャ。
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