6話 雁丸、君に決めた!
――前回までの流れ:安徳天皇に転生した「俺」は壇ノ浦の運命を変えるべく動き出し、未来知識で人心をコントロールしていく。そんな中、護衛として現れた謎の剣士・雁丸。その正体には大きな秘密があった……。
宗盛や知盛たち平家の上層部は、船団を彦島に移す段取りを話している。
女たちや子どもも館を出た。いつでも船に乗れるよう庭で待機してる。
夜の帳が下り、船団の焚き火が波に反射してゆらめいていた。
俺の後ろには黒装束のまま黙して座る雁丸の姿があった。
船の上では雅な合奏が始まった。
――あ、これは、音楽の授業で学んだ、雅楽というやつだな。
確か、期末テストで「越天楽今様」と書いた。
幼き日の記憶がよみがえるぞ。
俺も立派な平安人になってきたな。
雁丸は目を閉じて、気配を消している。
「……雁丸、そなたはどこで剣を学んだの?」
俺は後ろに問いかける。
雁丸は答えない。
その代わり立ち上がって、剣舞を舞った。
俺の目はごまかせない。この男――並の剣士じゃない。
(間違いない。あの構え……映画で見たやつじゃないか)
転生前に少しだけ剣道を嗜んでいた俺には、わかる。
高校で、日本史クラブに顔を出しつつ、オタク歴史女子にひっぱられて剣道部にも顔を出していた。
歴史オタク女子は、「殺陣でしょ。やるなら殺陣!」というが、そんなものは簡単にはできない。
放課後、基本の一拍子の素振りをした。市の大会では、審判の先生方に弁当とお茶を配るという名誉な役を引き受けた。
その程度の嗜みだ。
つまり、剣道部に出入りしていた俺の記憶をたどると、雁丸の剣は平安武士の「剣術」よりも、もっと合理的で、洗練された型に見える。
剣舞を終え、雁丸はまた気配を消して俺の後ろに座った。
つまり――
「もしかしたら、もしかする? 雁丸も、転生者?」
問いかけると、雁丸の瞳が一瞬だけ揺れた。
……図星だ。
「この時代で、俺は雁丸として生きている。それ以上は……詮索しないでもらいたい」
「だけど、同じ未来から来たんだったら、協力してくれよ。俺は、この戦を止めたい。平家を――皆を、救いたいんだ!」
雁丸は目を閉じ、しばし黙考する。
「……このまま歴史が進めば、平家は滅び、源氏が覇を唱える。だが、そのあとに何が待っているか、お前は知っているか?」
「ああ、市立東西高校日本史クラブ所属、赤星勇馬だからな。
ええっと……待てよ……鎌倉幕府、承久の乱、南北朝、戦国時代、江戸幕府――そして明治維新」
俺はやっとこさ答えた。雁丸は口元にわずかな笑みを浮かべた。
「ならば……お前に未来を変えられるか、見届けさせてもらおう」
雁丸が立ち上がる。焚き火に背を向け、後ろに結んだ髪を海風になびかせながら言った。
「戦では、義経軍の先遣隊が動く。だが、俺が道を封じる。お前は、平知盛に忠告しろ。『潮の流れが変わる』とな」
雁丸は、クールに目を閉じた。
ーーしびれるぜ! 雁丸。
「ねえ、雁丸くんは、どの時代から転生したの?」
「俺は幕末」
「名前は? ねえ、名前は何て言うの?」
「転生前の名は、……沖田総司と申す」
「ひゃー!!!!新選組ですか!!!!
そうじゃないかと思っていたんですよ。
天然理心流ですか? バッタバッタと人を斬ったんですよね。
近藤勇さんってどんな人でした? 土方歳三さんは?」
「うん。まあ、あれだ……」
――歴史オタク女子がここにいたら、狂ったように喜ぶだろうなと思った。
俺も十分に興奮し、狂ったように跳びはねた。
「あらあら、安徳様、ご機嫌ですわね」
「お船に乗るのがうれしいのでしょう。お干菓子もたくさん荷造りしましたからね」
お母様と侍女の伊勢だった。
最近は白塗りの化粧はしていないが、十分美しい。
その夜、俺は眠れなかった。
旧暦で数えると、滅亡の日まであと33日。
雁丸! 君に決めた!
雁丸の剣に賭けて――俺は、進むぞ!
読んでくださって、めっちゃ嬉しい。感謝!!