62話 俺たちは浦長の歓迎でほわーっと力を抜く
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
夏には気が付かなかったが……浦長の屋形って、すげえ。
島で小屋暮らしを経験したせいで、建物のありがたみがわかる。
どっしりとした柱に支えられた館。
俺たちは今、その土間に通されていた。
滑らかで固い土の間で、俺はここで眠れると思うくらい快適だ。
なんで、現代の家屋に土間がなくなったんだろう?
気持ちの良い場所だ。
土間から炊事場が見える。
大きな竈がある。あそこで飯を炊くんだな。
そこには、可愛い姉妹、お花ちゃんお鈴ちゃんが女衆に交じって働いていた。
指示を出しているのは、ああ、あの人が女将さんか。
紺色の衣に海老茶色のたすき、同じく海老茶色の前掛け。頭に手拭いをかぶって、きりっとしている。
普段はめったに人前に姿を見せない人だが――こうやって厨房で采配を振るう姿は、まさに女将。
「女将さん、人数が増えて、申し訳ない。またしばらく世話になります」
「はーい、はいはい」
手を拭きながら現れたその人は、化粧気はないのに健康美にあふれていて……俺たち蛇島組は、思わず見とれた。
「遠慮しないでくつろいでくださいね。うちは、あなたたちのような働き者に来てもらえて嬉しいんですよ」
「わかってますよ、なんでもやります」
「島の暮らしの話、花鈴にも聞かせてやってください」
そう言われた瞬間――
「んっ……!」
お花ちゃんの耳が、ほんのり赤くなったのを俺は見逃さなかった。
(え? 意外な反応。……誰か気になるやつでもいるの?)
俺たちは、推しを見つめる目でお花ちゃんを見た。
……可愛すぎる……。
「お疲れでしょう。しばらくは仕事は気にしないで、ゆっくり休んでくださいね。休むのも仕事のうちって、いつも皆に言っているんです。無理したってろくなことは無い。ゆっくり休んで英気を養って、働きたくてたまらなくなったら、お手伝い願いますーってね」
――口から出る言葉まで魅力的だ。
俺たちの島暮らしの苦労や頑張りを全部知った上での言葉のようだ。
まだ何も話していないのに。
俺は、女将さんのそのハートに、うっとりした。
土間の四隅には火鉢が置かれていて、炭の匂いが漂う。
「おお……これ、煙が出ない!」
思わず声が上がる。
「ハヤテ、手をかざしてみろよ……うわっ、ほわあっと温けえ!」
ハヤテもうなずく。
「すげえな炭って。島じゃ流木燃やすしかなかったからなぁ……煙がモクモクで目が痛かったな」
「ねえ、これ、炭ってどうやって作るんだっけ?」
浦長が笑った。
「炭まで忘れちまったか? 安介、炭焼きするなら教えてやるぞ」
さらに腰掛けに座ると――
「おお、なんだこれ、座りやすい!」
「二枚の足に座面をはめ込んだだけなのに、しっかりしてるな……」
「島じゃ丸太か岩にしか座れなかったもんな」
「これ欲しいなぁ、俺たちの小屋にも!」
……なんて、俺たちは完全に感動の嵐だった。
そこへ、お花ちゃんとお鈴ちゃんが湯気の立つ盆を抱えてやってきた。
湯呑がずらっと並んでいる。
――感激。
「湯だ……あったかい湯!」
ずずっと口に含む。ああ、美味い。匂いの全くない清らかな水を沸かした湯。
この時代には茶なんかまだない。だが――そんなもの必要ない。
この湯こそ、最高のご馳走だ。
「ありがとうございまーーす! 美味しいですーー!」
俺たちは炊事場に叫んだ。
「どうぞ、ゆっくり召し上がれー!」
女将さんが叫び返し、女たちの笑い声が広がる。
――島では味わえなかった、人の館のぬくもり。
今夜は、安心して眠れそうだ。
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