61話 俺たちは彦島に到着した
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
舟は帆をはらませ、海面を切って走った。
潮風が頬を叩く。追い風だ。俺たちはただ風に身を任せればいい。
「いいぞ、速い!」
六さんが舵を握り、声を張り上げる。
俺は振り返った。
後ろ――東の空はもう暗い。
太陽は赤く膨らんで西の水平線に傾いている。
――沈む前に着けるかどうか、それが勝負だった。
ハヤテが右舷の先頭で波をつぶす。
俺も左舷の先頭で波をつぶした。
六さんが帆を操り、料理屋が舵を握る。
雁丸が帆の端を押さえ、風を逃さないように引っ張る。
源さんは釣り竿を脇に置き、風の抵抗にならないよう身を低くする。
九郎は空を見上げ、潮を読み、口の中で風を測っていた。
桶が回され、刺身をつまむ。
こんな時でも、美味い!
見覚えのある景色に来た。右に火の山、みもすそ川。左に九州の門司。
もう少しで、俺・安徳天皇が海に沈んだ現場になる。
それを知ってか、ハヤテが叫ぶ。
「……あと少しだ!」
みもすそ川を過ぎ、
亀山様を見て捕虜囲いでは、目を背ける。
九郎が「じい様……」とつぶやく。
視線を前に向けると――見えた。
かすかな影が海に浮かぶ。
やがて大きな姿を現した。
「彦島だ!」
胸が熱くなる。
舟の上に小さな歓声が広がる。
波を越えるたびに、島影は大きくなっていく。
秋の夕日は茜色に空を染めている。
だが、日没より早く俺たちは島をとらえた。
――勝った!
漁港に入る。
浦長の屋形が見えてきた。
誰が知らせたのか、浜からお花ちゃんとお鈴ちゃんが手を振っていた。
花:「帰ってきたー! 凍え死んでないー!?」
鈴:「死んでるわけないでしょー。生きてるから戻ってきたんだからー」
花:「花のことー、覚えてるーー!?」
鈴:「あー、あんたのことは、忘れてる! 鈴のことー、覚えてるー?!」
姉妹漫才みたいな掛け合いに、サバイバル帰りの男たちの頬はゆるんだ。
もやいを若い衆に投げて、舟を降りた。
荷物をそれぞれ持って降りたが、若い衆がわらわら湧いてきて全て持ってくれた。
浦長が慕われている証拠だ。てきぱきとよく動く
新しい顔もいる。あの痩せ方は、……平家の残党かもしれない。
浦長は大きく笑い、「よくぞ生きて帰った!」と肩を叩く。
納屋から毛皮の外套、厚手の直垂、手袋代わりの布を次々と持ってきた。
「これで少しは寒さも和らぐだろう」
俺たちはそれらを受け取った。ありがたい。
おにぎりをご馳走になった。
「……し……白い米だ!」
俺たちは、無言で味わった。
海風の音が、やけに遠くに聞こえる。
風の中で生活した島が遠い昔のように思える。
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