59話 俺たちは蛇島で冬は越せない
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
舟の修理が終わり、嵐で張り詰めていた俺たちの緊張が、ようやくほっこり解けた。
雁丸が立ち上がる。
「俺はちょっと体を動かしてくる」
剣を手にし、立ち木の前へ――
――バンッ!
乾いた音が森にこだました。
雁丸は棒を振り下ろし、何度も何度も打ち込む。
剣を振り下ろすたびに筋肉がしなやかに波打った。
その姿は鍛錬というより、気持ちをぶつけているように見えた。
一方、源さんは竿を担ぎ、海の方へ歩いていく。
「まだ日が高え。釣りに行ってくる」
落ち着いた背中――だが眼差しは鋭い。
魚を釣るのも、ただの食糧集めじゃない。
皆を飢えさせないための戦いだ。
疲れているときに、舟を出すのは危険極まりない。
俺は料理長が焚き火を起こす様子を眺めながら、ふたりの背を見送った。
小屋を失った俺たち。
これからの困難を今は考えたくない。
――ひとりになりたい気持ちがよく分かった。
九郎は空と海を交互に見ている。
源さんは咳をこぼす。
――疲れと寒さと、積もるストレス。
やがて焚火が大きくなり、自然と全員が集まった。
炎を目にすると、落ち着く。
俺は炎を見つめながら口を開いた。
「ねえ、六さん、料理長、そして……源さん。それとハヤテ」
「なんだ? 何でも言ってみな」
「……聞いて欲しいことがあるんだ」
六さんが焚火に手をかざす。
俺は深く息を吸った。
「……もしかして、みんなも思ってるかもしれない。
……彦島の浦長の屋形に……帰ってはどうかな」
焚火の枝がパチンとはじけた。
六さんが立ち上がる。
「ハヤテ、ちょっくら源さんを呼んできてはくれないか。
荷物は持ってやってくれ」
「おーい、雁丸。こっちにきてくれないか。話がある」
二人を交えて、俺はもう一度、言った。
「彦島の浦長の屋形に……帰ってはどうかな」
――沈黙だ。
「ええっと、あの時の源氏の役人は、もういない。
新しい役人がいたとしても、
……俺たちが表に出ないように仕事をすればいい。
秀通様が戻っているなら、他の隠れ方もあるかもしれない」
「うーん……考えては……いた」
六さんの声は重い。
料理長が唇をかむ。
「安介は知らねえかもしれないけど……俺たちは《《捕虜囲い》》を知ってる。
あそこに捕らわれるくらいなら、ここで死ぬ方がましだと思っていた」
胸がつまった。
言葉を探していると、九郎が口を開いた。
「でも、ここの冬は危ない。昨日の晩ですら寒かった。
もっと……もっと寒くなる」
源さんも咳をこらえながらうなずく。
「そうだな。……秀通様が帰ってきていたら、希望はある」
九郎は空を仰いだ。
「北東の風が吹いてる」
六さんが顔を上げる。
「……ほぼ追い風だ。彦島まであっという間だ」
沈黙ののち、誰かが呟いた。
「決まりか?」
「決まりだ」
「もしダメでも、またここに戻ってくればいい」
「集めたお宝は、神様へのお供えだ」
源さんがまた咳き込み、苦しげに顔をしかめる。
それを見た六さんが、拳を握りしめてつぶやいた。
「一人も死なせてはならない!」
焚火の炎が大きく揺れ、その言葉を背中で押してくれるように燃え上がった。
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