51話 俺はこの年の天候を知った
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
黒猫クロエは手で顔を洗っている。
緑色の目をこちらに向けると、ミャアと鳴いた。
「安介、久しぶりだニャ。クロエの情報より、生きた先輩の知恵の方が、ここでは役立つニャ」
「クロエ。もしかして、拗ねてる? もう、面倒くさいなあ。ところで、……秋のこの時期、この辺りではどんな魚介が獲れるの?」
「鰯、秋刀魚、鯛、太刀魚、あとは、烏賊、牡蠣だニャ。
……クロエは秋刀魚が食べたいニャ」
クロエは拗ねている。スマホの音声支援ツールでも拗ねるのか……。
俺は、クロエの呼び出しスマホを撫でた。
――今聞きたいのは、もっと大事な事。気候だ。
「なあ、クロエ、機嫌直してくれよ。……あのさ、心配してることがあるんだけど……この秋冬の瀬戸内海の気候はどうなの?」
クロエは腕を組み、ふっと真面目な顔になった。
「『吾妻鏡』や『玉葉』といった当時の日記にはね――ああ、玉葉っていうのはね、九条兼実の日記のことニャ
1185年の八月から九月にかけて、大きな台風や暴風雨の記録が残っているの。太陽暦の九月から十一月の事だニャ。
農作物が打ちのめされて、飢えの原因になった地域もあったそうよ」
「嵐……やっぱりそうか」
俺は思わず眉をひそめる。
最近、九郎が心配そうに空を見てばかりいる。
クロエは小さく首をかしげ、真剣な瞳で続けた。
「瀬戸内でも秋の嵐は強くて、漁船が転覆したり、航路が乱れて通行が難しくなる可能性が高いニャ」
「それじゃあ、船で逃げたりするのは危ないな」
「そういうこと。……それだけじゃないニャ」
クロエの声がさらに低くなる。
「冬――十一月から翌二月にかけては、厳しい寒さが訪れたって伝えられているニャ。
『玉葉』、九条兼実の日記には、文治元年の十二月ごろに『積雪』『厳寒』の記録が何度も見られるの」
「京や大和で雪か……それじゃ瀬戸内もかなり冷え込んだんだな」
「そう。小屋に隙間があれば、風が吹き込んで一晩で命を落とすことだってあったはず。
だから、落人にとって寒さはただの苦労じゃなく、命を左右する脅威そのものニャ」
クロエは腕を解き、俺の顔をまっすぐ見つめて言った。
「……だから、ちゃんと備えてほしいニャ」
――冬ごもりの準備、保存食を作って小屋の隙間を埋めるだけで、冬を越せるのか?
これが俺の頭にこびりついたものがある。
ーー悩みの種っていうやつだ。
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