40話 雁丸、斬ってしまう。そして出発
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
港に重たい空気が漂った。
普段なら魚の匂いと笑い声で満ちる場所だが、今日は違う。
源氏の下級武士どもが、腕組みして俺たち一人ずつを品定めしていた。
「……あの男たちはよく働く」
浦長が落ち着いた声で切り出す。
「なあ、源氏の旦那。……捕虜囲いで囲うのも、うちで囲うのも同じことじゃあないですか? 奴らをここで働かせてくださいよ。飯代が浮くでしょう。そうしてくれたら、旦那のところに、……《《良い魚》》を届けさせますぜ」
必死の説得。浦長は俺たちを守ろうとしている。
だが、源氏の役人の顔は、冷たかった。
「そうだな……ううん……いや、だめだ」
にやりと口の端を歪める。
「《《頼朝様から》》の命令だ。捕虜は捕虜囲いに戻せ。あとでゆっくり沙汰がある。……ひっとらえよ、者ども!」
男が俺の体に縄をかけ、手首までも縛ろうとする。
「いやだ、やめろ!」
腕をばたつかせて抵抗した。
ーー捕らえられ、捕虜囲いに入れられる。
――ふきっさらしの、あの囲いに……動物みたいに。
――竹の棒で打たれる。ご飯は、ほぼ無い。
「今度こそ、死ぬんだ」
その時、音もなく気配もなく、雁丸が剣を低く構えていた。
雁丸……平知盛がつけてくれた用心棒、並びに剣の指南役。
彼も転生者で、この世界の前は幕末新選組の沖田総司だった男。
「……隙あり」
低く短い声が響いた。
次の瞬間、雁丸の刀が音もなく走り、俺の目の前の縄がスパッと斬り落とされる。
下級武士の目が見開かれた。
そして、抜こうとした刀の柄ごと、その手首が斬り飛ばされた。
「ひ、ひぃ――!」
源氏の武士が尻もちをつき、血の気を失っていく。
周りの手下たちも動きを止めた。
浦長が吠える。
「源氏の旦那。こいつらは漁師だ! ここで働いてる者に手を出すな!」
だが返ってきたのは、震え声ながらも命令の繰り返し。
「だ……だめだ! 頼朝様の命だ、捕虜は囲い場へ戻せ! あとで沙汰が――」
「――聞く耳持たねぇなら、力ずくだ」
雁丸が一歩踏み出すと、背後から漁師たちが一斉に飛びかかった。
棍棒がうなり、拳が飛び、港の板場にドスッと鈍い音が響く。
「やっちまえ!」
「ひ、ひぃーー!」
わずか数十秒で、源氏の役人九人は地面に転がり、呻き声だけを残した。
俺は袂を叩いていた。
黒猫クロエが肩に飛び乗った。
「戦は終わってないニャ……これはもう完全に、第二ラウンドの始まりだニャ」
俺は息を飲んだ。報復戦が繰り返されるのだろうか。
浦長の顔には、静かな覚悟が見える。
俺は目を閉じて、深く息を吸った。
――よし、決めた!
「平家のお仲間たち、……これ以上は無理だ。
俺たちがここにいれば、浦長も平家一門と見なされ殺され焼かれる。
しばらくの間、ここから離れよう。
平家にゆかりのあるやつで、俺と一緒に行く者は、ついてこい!」
秀盛の家臣四人が集まった。
「浦長に迷惑はかけられねえ」
他の落人たちは、
「俺たちはこの彦島で、隠れて生きていく」
荷物を持って出て行った。
雁丸が俺とハヤテを振り返る。
「行くぞ。身を隠せる島を探す」
ハヤテは浦長の手を取り、話をしていた。
「浦長、お願いがあります。……貸してください。小舟と網、鍋と桶、米を少し。いつか必ず返します」
背後では、浦長が静かに頷いた。
「いつでも戻ってこい。また一緒に炊き出しをやろうな」
お花ちゃんとお鈴ちゃんが駆け寄ってきた。
「ちゃんと食べてね!」
「怪我すんなよ!」
二人の声があたたかい。
源氏の侍たちがどうなったかは知らない。
浦長がうまくやってくれただろう。
俺たちは帆のついた小舟をもらった。
櫓を押し出し、波間へと漕ぎ出した。
ハヤテが思い出したように叫んだ。
「蛇島だ。父ちゃんに聞いたことがある。
この海をずっと行くと誰も住まない島があるって。
蛇いるから蛇島。これから秋になって冬になる。
蛇は眠るころだ」
向かうは――蛇島。
次の試練が待つ場所だ。
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