37話 源氏と平家の終わらぬ戦い
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
漁港の片隅で、鉄鍋の湯気が白く立ち上っていた。
磯の香りに混じって、煮えた魚の匂いが胃袋を刺激する。
「おい、押すな! 順番だ!」
「うっるせぇ、腹減って死にそうなんだよ!」
鍋の前では、源氏の家臣と平家の残党が、火花を散らした。
ちょっと肩が触れただけで殴り合い寸前だ。
この前までは、「お先にどうぞ」合戦だったのに、力仕事をするようになるとこれだ。
木杓子を握った炊き番の女衆の「やめんか!」と怒鳴る声も、今日はほとんど効いていない。
「やれやれ、また始まったか……」
ハヤテが魚の尻尾をしゃぶりながら呟く。
雁丸は黙って腕を組み、俺は――ただ、見ていた。
浦長が、喧騒の中をゆっくりと歩いてきた。
潮風に焼かれた褐色の肌は、海の男としての年月を物語っている。
輝く短い金髪は、夕焼けに照らされた波のきらめきのようだ。
衣の上からでも分かる盛り上がった胸板と腕は、網を引き、荒波を相手にしてきた力そのもの。
一歩進むごとに、背中の厚い筋肉がうねるように動き、まるで海獣のような迫力を放っていた。
浦長。……このお方が来ただけで、皆は注目し耳をすます。
「新しいお仲間よ。……耳に入れておきたいことがある」
「はっ!」
「ここに源氏の秀通様、つまり親父さんがいないのをどう思う?」
「……怪我でもしたんですか。秀通様」
「もしかして討ち死に?」
「うむ。戦に負けてこられた方々は、
本当にぎりぎりの心持ちで生き延びてこられた。
もちろん、人のことなど心配する暇はなかったであろう」
「その通りです。ここにいても、なぜかぴりぴりしてしまう。
戦のこと、逃亡生活の事、捕虜囲いのことなど、
……急に思い出して苦しんでしまう」
「……夜などこっそり泣いたりする」
「そうであろう。……それでは、これから親父さんの消息を伝えようと思う。心して聞け」
「はっ」
「親父さんは鎌倉にいっておられる。
戦で功をあげたとかで、恩賞がでるらしい」
「……やはり……」
「敵方(平家)に味方したものは悔しかろう。
……でも、よく聞け。親父様は恩賞などいらぬと言いに行かれたのだ」
「なんと!」
「恩賞の代わりにじい様の命を助けて欲しいと頼むという」
「なんということ。じい様は余命いくばくもない。
俺たちはじい様に一緒に逃げようと誘ったが、
『足手まといになるからよいと、お前たちだけで行けと
……だから、置いてきてしまった。
今頃じい様は……」
「ああ、かなり鞭打たれていらっしゃった。
この冬、お命がもつかどうか、わからぬ」
沈黙が続いた。
「親父さんが帰ってくるまで、大人しゅう待っておれ」
「はっ!」
「はっ!」
「はっ!」
……喧嘩腰だった連中の肩が落ちた。
湯気の中に、ようやく人心地が戻る。
「お先にどうぞ」
「いやいや、そちらこそお先に」
「いやいやいや、お先に食ってくだされ」
――またこれか。
ふと、入り口を見ると――見慣れない人影が現れた。
ぼろぼろの衣、腰に帯もない。足元は草履すらなく、傷だらけの足首。
その眼だけが、異様に鋭く、周囲を警戒している。
匂いに吸い寄せられてきたようだ。
「……ねえおじさん、平家の人?」
俺が声をかけると、男はビクリと肩を震わせたが、答えない。
そして、後ろを向き、出て行こうとしている。
「腹、減ってるだんろ。食べて行きなよ」
俺が椀を差し出すと、……その人は、迷った末に、ぎゅっと受け取った。
こういう人が、時々現れる。
浦長に認められると、廃材を拾って小屋を組み、藁を敷き、夜露をしのぐ雑魚寝場を作っていく。
「まずは食べること、次に寝ること」
俺は心の中でつぶやいた。
腹を満たし、夜を越せなければ、生き残れない。
湯気に包まれた浦長の屋形には、少しずつだが、奇妙な温かさが育ちはじめていた。
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