33話 捕虜が脱走
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
33話 捕虜が脱走
翌朝、浜風に乗って、妙な話が流れてきた。
「あろうことか、……捕虜がたくさん逃げたらしいぞ」
魚を買いに来た村の若い衆が、声をひそめて言う。
「また死人がでるぞ」
「ああ、嫌だ」
馬関ばかんの民は、もう遺体など見たくないのだ。
遺体の匂いにもうんざりしている。
「夜のうちに板塀を越えたんだと。見張りは気づきもしなかったらしい」
俺は思わず口を挟んだ。
「おじさん、ほんとう?」
「本当だって! 浜の向こうの松林で、足跡を見つけたやつもいる」
最近は秀通の家臣たちは、浦長のところで干物づくりを手伝っている。
彼らは炊き出しの時に、じい様が生きているのをそっと確認し、こっそり涙を流していたらしい。
家臣たちはじい様の安否が何より心配なはず。同じ村の郡司様だった人なのだ。話し合って源氏と平家に分かれたというのだから。
「ねえおじさん、捕虜囲いに大事な笛を忘れちゃった。
一緒に探してくれない?」
名探偵君ばりに頭を使ったが、誰も相手にしてくれない。
雁丸が不機嫌だ。
「勝手な事するなよ……」
舟は出してもらえない。一人で操船する技術はない。
街道を歩いた。
捕虜囲いに近づくと、見張りの侍たちが血相を変えて走り回っていた。
板塀の一部は壊れ、砂に新しい足跡が点々と続いている。
――本当に、抜けたんだ。
でも、この先は……海と山しかない。
逃げ切れる者なんて、ほとんどいないだろう。
じい様も逃げたのだろうか。
「秀通様が鎌倉の頼朝様に、あなたの命を助けて欲しいと頼みに行っている。だから、もう少し待ってください」
この事を伝えれば、逃げる発想にはならなかったのではないか。
悔やまれた。
俺は走って帰って様子を伝えた。
仕事が終わった夕方に、捕虜囲いの見張り役を励ますという名目で炊き出しをすることとなった。
ハヤテが張り切って潮汁を作っている。今日は貝がたくさん獲れた。
一番仲良くなった秀通の家臣は、トラと呼ばれている。
捕虜囲いに来ると、まるで親子のようにじゃれ合った。
「トラさん、肩車して」
「安介、見えるか。……年寄りはいるか? 片目が濁にごった年寄りだ」
門番が胡散臭うさんくさそうに「あっちへ行け」と言う。
本当に多くの捕虜が逃げたようだ。
人数が減っている。
「じい様はいるか」
「わからない」
「逃げた捕虜は見つかり次第、殺されるそうだ」
人々が話している。
「落人狩がまた増えるだろうな」
奥までよくよく見た――そこに、……じい様がいた!
ぼろ布のような衣をまとい、膝をついている。
その横には、竹の棒を持った監視役の侍。
「じい様、いたよ。北側だ」
トラさんと北側の板塀に来た。
「骨を折れば、逃げられまい」
低く吐き捨てると、その棒が振り下ろされた。
「やめてッ!」
気づけば声が出ていた。
「なんだ、チビ介、何か用か?」
「あの、……あの……源氏のお侍さん。
ばあちゃんがね、いつも言うんだ。
無駄な殺生をすると極楽に行けないって。
おいらは、おじさんが極楽に行けたらいいなって思う。
だって、源氏のお侍さんだろ? かっこいいよ。
そのお年寄りは、もう一度打ったらきっと死ぬ。
そしたら、おじさんが地獄に落ちてしまうよ。……おいら悲しい」
「まあ、そうだな。……ばあちゃんの言うことは聞かないとな」
侍は竹で地面をたたいてじい様を脅した。
「ぜってい、逃げるなよ!」
そして、他の捕虜のところに行った。
じい様の背には、幾筋もの赤い線が衣に滲にじんでいる。
肩を大きく揺らし、顔を上げた。
俺にもトラさんにも気づかない
――目が見えないのかもしれない
胸の奥がぎゅっと痛む。
――俺は、また何もできないのか。
雁丸が来た。
「安介、帰るぞ」
ーー俺はうなずいた。
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