32話 捕虜囲い
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
漁港のから少し東へ行ったところに、九州行きの船が出る港がある。
港の階段を上ったところに、亀山様と呼ばれる八幡宮があった。
ここに源氏が陣屋を構えている。
浦長が亀山様の港に船をつけた。
ハヤテがもやいを持ってとびおり、杭にキュっとくくる。
俺たちは、売り物にならないが……めっちゃ美味い雑魚を大量に持ってきた。
源氏の陣地の西側に、粗末な板塀で四角く囲まれた場所がある。
門番が目を光らせ、人が出るのも入るのも許されない。
板の隙間からは、動かぬ人影が見える。
ここが捕虜囲いだ。
源氏に捕らえられた平家の人たちが腹をすかしている。
どうせ、食い物なんかほとんど貰えていないだろう。
――今日は俺たちが神になる!
近づくと、潮風に混じって、炊き出しの匂いが鼻をくすぐる。
もう、第一陣が始まっているのだ。
俺たちは捕虜囲いの板塀の中で炊き出しをした。
鉄鍋をのぞくと、白く粘りのある粥が小さな泡を立てていた。
米粒はまばら。水の方が多い。
それが、今の彼らの胃にはちょうど良い。
俺たちは、第二陣だ。
新鮮な魚をたっぷり鍋に入れた。
お花ちゃんとお鈴ちゃんが、頭もはらわたも鱗も取って切り身にしてくれた。
だから、いつもより百倍美味しいはずだ。
そして、今日は醤がある。
味噌がまだなかったこの時代の人気調味料だ。
大豆や麦を発酵させたどろどろの液体だが、
汁に溶くと美味いはず!
馬関の店で買ってきた。
醤の魚汁は最高だぜ!
俺も最近は、薪をくべるのもうまいし、呼び込みもうまいと褒められる。六歳男児にしては、ということだが。
「ほら、安介、こっちだ」
浦長が片手で鍋の縁を押さえながら、俺に柄杓を渡してきた。
最近つくづく思うのだが、あの人気アニメの名探偵君はすごい。
頭は大人なのに、ちゃんと子どもらしくしゃべるのだから。
俺は最近、意識して名探偵君の口真似をしている。
「わかったよ。任せて!」
「あれ? おじさん、昨日も今朝も、会ったよね」
見覚えのある顔が隣にあった。
「そうだな。捕虜囲いって聞いたんで、食べるだけじゃなく手伝おうと思ってな。浦長様にお願いしたんだよ」
源氏の侍、秀通の家臣たちだ。色褪せた小袖姿で、たすきをかけている。
今は武士じゃなく、炊き出し人足の顔だ。
第一陣は彼らだったのだ。
湯気をかき分けながら、俺は柄杓で粥を器に注いだ。
受け取る手は骨ばって、皮膚がひび割れている。
それでも器を受け取る瞬間、男たちの目が一瞬だけ光る。
捕虜の列は黙々と進み、器が満たされると、むさぼるように口へ運ぶ。
ふと板塀の外を見ると、そこにも列ができていた。
並んでいるのは、源氏の下級武士だ。港の荷運びに駆り出された男たちもいる。そして、多分落人狩りもいる。
第三陣は、板塀の外で炊き出しをしていた。
浦長はすごい。
誰もが腹が満たされるよう炊き出しをする。
最初は源氏のためにと米を渡されていた。
だが、最近は全て浦長の自前の食材で執り行っている。
だから、誰でも遠慮なく食えるのだ。
「安介、お前も少し食え」
浦長が器を差し出してきた。
浦長はこういう心配りができる人なんだ。
「ついていきたい上司ランキング」で1位間違いなしだ。
「ありがとう。でも……あとで食べるよ。配りたいから」
本当は腹が鳴っていたが、断った。
目の前で器を抱え込む男の、乾いた唇が震えているのを見たら、自分の食事なんかどうでもよくなる。
――この間まで味方だった人かもしれない。
平家の屋形で、あの味気ない雑炊を分け合った一門の人。
こんな姿でみじめな思いをさせてしまっている。
俺はあの時、何もできなかった。
せめて、この人たちが生き延びますようにと、美味い粥で椀をみたす。
鍋の底が見え始めたころ、見覚えのある顔を見つけた。
深く刻まれた皺と、片方だけ濁った瞳。
……じい様だ。 平家の武将。藤原の秀盛ーー豊浦の郡司だった人。
胸の奥が、ざわめいた。
秀通の父、秀通の家臣があちらの鍋で炊き出しをしている。
会いたいはず。
でも、親子で源平に分かれて戦った複雑な事情を公にできない。
ーー俺は黙って器を満たした。
まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。捕虜の話、頼朝に父の助命をする話。史実に基づいています。この父子を書きたくてたまりません。ブックマークしてくださいね。
★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!