27話 母徳子、叔父宗盛、護送される
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
空は、初夏らしい高い青。
けれど、風向きは不安定だ。
風向きなんて、これまで気にしたことなかった。
しかし、今じゃ今夜のメニューより重要事項だ。
風向きによって、舟の操作は全然違うから。
俺――安介の名で、漁師見習いとして生きている。
今朝は、罪人が京に護送されるという話を聞いた。
だから、みもすそ川前の海域で、こんな時間まで小舟で漁をしている。
雁丸とハヤテも承知の上でここにいる。
船上の女人は、母上なのだ!
母上徳子は白装束に身を包んでいる。
その目は西の方……彦島方面を見つめている。
――もしかしてだけど、もしかしてだけど、
今でも俺を探してるんじゃないの?
だって、そうだろ?。俺は、一宮(長男)の安徳天皇だ。
先日の炊き出しで、母は妹たち命じて、俺に石を投げさせた。
あれは、「安徳が生きていると、母は知りましたよ。しっかり生きなさい」
というメッセージだったと思う。
隣に宗盛おじさんもいる。平家の棟梁だ。
貴族にも武士にも見えない。汚れ破れた衣を着ている。
この姿を人目にさらすことが「見せしめ」という罰なのだろう。
櫓のきしむ音、船腹を叩く波。
瀬戸内の海は穏やかそうに見えて、潮目は鋭く、船首が少しでも遅れれば流されそうになる。
船頭たちは口数少なく、重苦しい空気が流れている。
平家の捕らわれ人の中で、高貴な身分の数名だけを連れていくようだ。
俺は袂のスマホを叩いた。
黒猫クロエが舟底から歩み出て来た。
おしりを高く上げ伸びをした。
そして、前足をそろえて美しく座った。
「ニャ~、安徳。……元気だったかニャ」
「しーっ! クロエ。今は、安介と呼ばれている。
……それはそうと、母上徳子はこれからどうなるの?」
「壇ノ浦から京へ護送されるニャ。
京では、出家して『建礼門院』と呼ばれるニャ。
比叡山の麓、大原寂光院で平家一門の菩提を弔うニャ」
「つまり、わかりやすく言うと?」
「28歳の徳子は仏門に入り、髪を落として尼になり、寺で亡くなった人の事を思いながら、41年間も生きて69歳で亡くなる」
「よくわかった」
「宗盛おじさんとその息子は?」
「壇ノ浦から鎌倉へ護送されるニャ。源頼朝の前に引き出されるが、許されないニャ。鎌倉から再び京へ送られ、6月21日に六条河原で斬首される。享年43歳。息子は享年16歳」
「まじかー」
沿岸の民家には、カキツバタの紫の花が見える。
その下の浜辺には、まだ埋められない戦の残骸――折れた櫂や割れた盾が散らばっていた。そして、埋められることのない平家一門の遺体が転がっている。
潮が変わるたび、船はすっと横滑りする。
徳子の袖がはためく音が聞こえる。
その背中に声をかけることなんてできない。
俺はただ、漁師のふりをして網を繕いながら、その船影を見送るだけだ。
――母上、行ってしまうんだな。
船出だ。
ほら貝が鳴り、帆が風をはらむ。
陸では平家の女たちが両手を振る。
「わたしたちを迎えに来て」とでも言っているのだろうか。
死への旅立ちだとでも思っているのだろうか。
子どもたちが手を振りながら岸辺を走る。
みもすそ川、悲しい場所だ。
俺は目を閉じる。
この体が大きくなったら、平家を再興してやる。
歴史なんか変えてやる!
平家の棟梁に、俺は……なる! かもしれない……。
まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!