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25話 朝は漁師 昼は炊き出し 俺たちの暮らし

ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。

2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。


~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~


 ――うわ、べっとりする。


 港に降り立った瞬間、全身に湿気がまとわりついた。

 南から吹く風が生ぬるくて、潮と魚と……なんか腐りかけた匂いまで連れてくる。

 空は鉛色。太陽はいるんだろうけど、厚い雲の奥でサボってるみたいだ。

 ……ああ、これ、梅雨ってやつか。


前世で嫌いだった季節、転生しても健在。


 浜には、ひしゃげた船がごろごろしている。

ほとんどが平家の難破船だ。

 腹を上にして横たわってる船に、船大工たちが木槌でガンガン板を打ちつけてる。

 「おーい、その板、もっと寄せろ!」

 「釘足りねぇぞ!」

 怒鳴り声が潮風に乗ってくる。


 水揚げ場では網を広げる漁師たち。

網は雨でぐっしょりだ。

 その横で女たちが魚を(さば)く音――骨を断つ鈍い感触が響く。

 イワシ、アジ、スズキ……。

戦で腹を空かせた侍も町人も、これを待ってる。


「おーい、安介!」

 後ろから声が飛んできた。

振り返ると、ハヤテが片手に鯛をぶら下げてニヤニヤしてる。


「これ、源氏に売ったら銀子二倍だぜ。戦のあとは魚が高ぇからな!」

「……おまえ、戦が終わったらすぐ商売の話かよ」

「生き延びるには、腹を満たすのが先だろ? 帝様も今じゃ漁師見習いだしな」

 こいつ、俺が安徳天皇だったなんて、完全にネタ扱いだ。

 ……まあ、そのほうがいい。

これからは、俺は安介だ。


 周りを見渡す。

 かつての家族――平家の武士の姿はない。

 船と一緒に沈んだか、討たれたか、どこかに逃げたか。

 残った者も、この港のどこかで目立たぬように息を潜めてるのだろう。

 俺もその一人だ。



網を干している漁師たちの間を抜けると、ひときわ大きな笑い声が響いた。


「おう、ハヤテ! 雁丸! 安介!  こっち来い!」


声の主は、潮風に焼けた肌と海の匂いをまとった男

――浦長うらおさ浦野弥兵衛。(うらのやへえ)だ。

片手には、まだ海水が滴る鯛をぶら下げている。


「今日は大漁だ。ほれ、見ろ、この鯛の腹の張り!」

そう言って、豪快に笑いながら魚を突き出してくる。


周りの漁師たちも「いよっ! さすが浦長!」と囃し立てる。


だが、その笑みの奥に潜む計算高さを、俺(安介)は見逃さなかった。

この人はただの漁師じゃない。


平家の敗残兵も、源氏の兵も、同じ港に集まるこの時代――

その全員に魚を売り、港を守るためなら笑顔で嘘もつく。


戦と海――二つの荒波を同時に乗りこなす、港の船頭だ。



「昼前には亀山様に行く。あの駕籠かごの魚を背負って俺の船に乗れ」

合点承知がってんしょうち!」

ハヤテが叫ぶ。



「安介、漁ってのは命を張る仕事だ。だがな、港を守るのはもっと命を削る仕事だ。わかるか?」

「はい」

浦長が値を定めるような目で俺を見る。

――俺の素性を知っているのか? 探りを入れているのか?


「源氏の旦那が首検分なさってる。源氏の下っ端どもがたくさん出入りするんで炊き出しを頼まれているんだ。おう、見習い、手伝えよ」


――ってことで、連れてこられた。源氏の巣窟だぜ。こええーーー!


「ここが亀山様だ。ああ、正確には海の安全を守ってくれる神様亀山八幡宮だ。ここの境内で炊き出しをするよう頼まれている」

どうやら、売れそうな良い魚は別にあり、雑魚ざこを大鍋で煮て炊くらしい。


雑魚と言っても、……漁港で女たちが丁寧に頭を取り、はらわたを取ってくれた。うまい雑魚だ。

その切り身と海藻と米を大鍋で炊く。


「安介! こっち手ぇ貸せ!」


 ハヤテの声に振り向くと、大鍋の前で湯気が立ちのぼっている。

 魚と海藻の匂いが鼻をくすぐった。腹が鳴る。


 俺は見よう見まねでたすきをかけて、鍋の前に立った。

そして、木でできた柄杓ひしゃくを握った。


「はいはーい、一人一杯までだぞ!」

 ハヤテが子どもたちを押しとどめる。


 炊き出しの列は、境内を出て石段のほうまで伸びていた。

 漁師、町人、それに源氏の兵が混ざって並んでいる。



「おおっ、今日はすずき入りか!」

「ありがてぇ……ここんとこ、いりこ(煮干し)ばっかりだったからなあ」

 あちこちから声が飛ぶ。

木椀を両手で抱える人々の目は、鍋の中身に釘付けだ。

 さっきまで船修理をしていた大工まで駆け込んできて、額の汗を拭いながら列に加わる。


――誰もかれも、腹が減るのは同じか

 

 戦場では敵味方で命を取り合っていたのに、今は同じ鍋を覗き込んでる。

 なんだか、不思議な光景だ。



「安介、源氏のお侍には大盛りでよそえよ」

「なんでだよ」

「あとで魚買ってくれるからさ。腹いっぱいになったら気もゆるむし、高い値段でも買ってくれる」

 ハヤテは悪びれずニヤリと笑う。

 俺は呆れつつも、柄杓ひしゃくを少し多めに動かした。

 ……生きるってのは、こういうことなんだな。


 梅雨空の下、湿った風と魚の匂いに、湯気がら広がる。

 戦で失われたものは数えきれない。

 でも、この鍋の前では、みんなただの腹をすかせた人間だ。

 俺も、その中のひとり。

 安介として、ここで生きる――そう思いながら、次の椀に汁を注いだ。


「おおい坊主! もっと多めにくれねぇか? こう山盛りによう」

 列の中から、ごつい腕の源氏の侍が木椀を差し出してきた。

 額には戦でできた傷があり、よろいはところどころ錆びている。


「……一人一杯までなんですけど」

 俺はそう言って、柄杓を止めた。

 兵の背中には弓と矢筒。目は鋭いけど、腹は鳴ってるのが聞こえた。


「昨日からまともなもん食ってねぇんだ。なあ、頼むよ」

 侍は少し笑ってみせた。

「そういわれても……」


俺は昔から少しだけ頑固なところがある。

炊き出しだからこそ公平にしたい。

足りなければハヤテの店で魚を買えと思った。


すると、ハヤテがとんできた。耳元でささやく。

「安介、やっちまえよ。そいつ、金持ってる顔してる」


 俺は小さくため息をつき、柄杓で大きい魚をすくい入れた。

「ありがとうよ」

 兵は短く礼を言って列を離れた。


その後、予想通り、ハヤテの店は繁盛したようだ。

鯛は大金で売れたらしい。

干物も全部売れたらしい。


浦長とハヤテが分け前について話している。

「おめえには、かなわんぜ」

浦長がハヤテに銭を渡した。


ハヤテは上機嫌だ。

「おう、おいらたちも米を買おう。家で雑炊を焚くぞ!

くーーーっ、やっとこの日が来た。これまで辛抱したもんなあ」

雁丸も言った。

「古着屋で、夏の衣を買おう」


亀山様から西に向かって、三人で歩いて帰ることにした。

街道の脇にはたくさんの店が並んでいた。


ここは馬関。本州から九州への玄関口だ。

戦がなければ宿場町。

商売人たちが元気な街なんだ。



まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!

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