22話 葬式を偽装する
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
潮の匂いにも慣れてきた。
雁丸は今日もひとりで小舟に乗り、漁師のように日焼けするそうだ。
安全のためらしい。
今頃、裸で寝そべっているだろう。
港の端に、人だかりができていた。
「……葬式だ」
ハヤテが小声で言う。
舟を繋ぐ杭のそばに、顔だけ白布をかけられた小さな体が横たえられていた。
漁師の子――安徳と同じくらいの年だろう。6歳か?
聞けば、昨日の小競り合いで、流れ矢に当たって命を落としたらしい。
大人たちは静かに手を合わせていたけれど、その目はただの悲しみじゃない。ぶつけようもない恨みが見て取れる。
「安徳、来い」
ハヤテに袖を引かれ、俺は舟小屋の陰に入る。
彼は俺がいつも背負っている布包みを開け、中から俺の衣を出した。二位の尼に抱かれて海に沈んた時に着ていたもの。平家のアゲハチョウの印のついた帝らしい紅色のやつだ。
「……それ、なんで」
「あの子に着せる」
あまりにさらっと言うから、俺は息をのんだ。
「いいか、見つかったら、お前は終わりだ。
でもこの子を『安徳天皇』に仕立てて海に沈め、網で引き上げれば……」
ハヤテの声は低いけど、やたら自信満々だ。
「安徳は死んだってことで、源氏の追手は緩む。漁師たちも褒美をもらえる」
正直、背筋が冷えた。
死んだ子を利用する――って言えば、聞こえは悪い。
けど、それで俺が生きられるなら……いや、この子の両親も褒美が貰えるなら、いや、この子が海の神さまに抱かれて眠れるなら……良いに決まってるだろ
ハヤテは顔見知りだという漁師に話をもちかけた。
体中の筋肉が盛り上がっている。顔は日焼けに日焼けを重ね、髪の色は潮に焼けて、顔より明るい金髪だ。
「そうすれば、みんなも褒美がもらえるだろ? な? だろ?」
ハヤテは知恵が回るし、プレゼンもうまい。
大の大人がハヤテの提案に聞き入っている。
「そういえば、網に子どもの遺体がかかっていないか。刀はかかっていないかって、源氏の旦那が何度も聞いてきたな……そういうことだったら、この子も浮かばれるだろう」
漁師たちは頷きあい、準備を始めた。
着ていた衣を取って、俺の赤い衣を静かに着せる。
ヘアセットは俺の仕事だ。
髪をほどき二つに分ける。それぞれを編んで耳の上で円を作る。紐で結ぶ。
乱れているぐらいがちょうどよい。
ハヤテに頭を持ち上げてもらって、やっとできた。
波の音が響く中、舟が沖へ出る。
「……沈めるぞ」
年長の漁師が呟き、みんなで体を抱えて海に滑らせた。
その子の父親と母親が、浜で手を合わせている。
青黒い水面が、一瞬だけその子を飲み込み――やがて、網が引かれた。
「……掛かった!」
網の中から引き上げられた遺体は、まるで本当に海で果てた帝みたいだった。
見ている俺の方が、息が詰まる。
その後は早かった。
亀山八幡宮に設置された検分所に運び込まれたらしい。
役人たちが「安徳天皇」と確認した。
見事な衣は紛れもない証拠となった。
漁師たちは「帝を海から引き上げた」として褒美を受け取り、港中が妙な安堵に包まれた。
――俺はハヤテに、生かされた。これで安徳天皇は死んだ。
帰り道、ハヤテは何事もなかったみたいに言った。
「ほら、生きてりゃ儲けもんだろ?」
心の中で深くうなずいた。
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