211話 奥州の誓い――義経は知る 秀衡の遺志
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
1187年(文治三)十月二十九日 (十二月)
薄暗い寝殿に、香の煙が静かに立ちのぼっていた。
私・義経はここに静かに招き入れられた。
そこに横たわるのは、藤原秀衡公――奥州三代の棟梁。彼の意識は、すでに遠い彼方へと沈みつつあった。
「……義経、そなたに頼みがある」
布団の上に起き上がろうとする秀衡を、次男・泰衡が支える。
「この泰衡がわしの亡き後、棟梁となる。……頼朝は、やがてこの奥州に刃を向けよう。……それを迎え撃つには……お主、義経と、泰衡、国衡の兄弟、三人が一つでなければならぬ」
私は膝をつき、深く頭を垂れた。
「承知いたしました。殿様。……いや、秀衡公。この命、奥州の守りに捧げます」
泰衡が唇を噛む。
「父上……義経殿は、都の方。我らの地をどこまで思ってくださるのか、正直、不安にございます」
「泰衡!」
弱々しい声だったが、その響きには威があった。
「義経はわしが見込んだ男だ。 この国を守るためなら、血筋も名も捨てられる――そういう男よ」
私は拳を握り、言葉を飲み込んだ。
目の前で、長男・国衡が沈黙している。
「……父上、俺は、戦の才では誰にも負けぬつもりだ。
だが、なぜ次男の泰衡が跡を継ぐのか……俺が妾の子だからか?」
国衡の声が震えた。
怒りと悲しみが胸の奥でせめぎ合っているようだ。
秀衡公は、静かに目を閉じ、深く息をついた。
「国衡……お前の血も、泰衡の血も、どちらもわしの血じゃ。
だが、人は血の濃さより、結びの強さで国を守る。
正妻の子と妾の子――その違いで争ってはならぬ。
だからこそ、お前たち兄弟は義経を主君と仰げ。
お前たちが兄弟であることを忘れぬようにするためじゃ」
「……義経を主君と? 兄弟を、つなぐために?」
泰衡が息をのむ。
秀衡公は、弱いながらもはっきりと頷いた。
「義経は外から来た者ゆえに、どちらにも偏らぬ。
国衡、お前は義経に腕を貸せ。 泰衡、お前は義経の心を支えよ。
三人が一つになれば、奥州は滅びぬ」
国衡は唇を噛み、私を見た。
私もまた、心に迷いを宿している。
「主君……ですと? 義経が?」
国衡も絞り出すように言った。
「そうだ」
秀衡公の息が荒くなる。
「何度も言わすな。……頼朝が攻めてきたとき――お前たちは三人一味となって立ち向かえ。血で争うな。家を裂くな。この奥州を、守り抜け……」
その声は次第に細り、かすれた。
「……誓文を書け。三人が一つとなることを、神に誓うのだ……」
泰衡と国衡が顔を見合わせた。
父の願いがあまりに突飛で、《《やってられない》》という表情だ。
私が筆を取り、和紙に墨を落とす。
――源九郎義経
墨の香が漂い、静寂の中に筆の音だけが響いた。
『義経を主君と仰ぎ、三人一心にして鎌倉の兵を防ぐこと』
三人の名が並ぶ。
義経、泰衡、国衡――
その墨跡を見つめながら、秀衡公の頬がかすかに上がった。
「よい……これで……奥州はしばし……安泰じゃ……」
そのまま、秀衡公の瞼は……静かに閉じられた。
そのまま、二度と開くことはなかった。
灯明の火が、風もないのにゆらりと揺れた。
「父上……!」
泰衡がその手を握る。
私は額を畳につける。
「秀衡公……この義経、必ずや兄弟を守り、この奥州をお守りします」
一方で国衡は、拳を握りしめたまま顔を背けた。
「父上……俺は……ほんとは、もっと話したかったんだ……」
外では、白い雪が静かに降り始めていた。
雪は静かに、静かに地を覆っていった。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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