210話 草木染めでカラフルに
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
お方様(楓姫)が俺に朝の挨拶をする。
「安介さん、おはようございます。
青景は今日も穏やかですね。今日は何をなさるのですか?」
実家へ知らせたいようだ。
「ええっと……屋形衆と佐竹衆は木こりと一緒に山歩きだ。間伐の仕事をする。俺は料理屋に頼まれて、女たちは染色をする」
「それでは私は染色のお手伝いをいたしましょう」
里人たちが古い衣を持ってきて藍染めを行った。
お方様は里人と一緒に藍桶に手を突っ込み染色をしている。
その布を干し終えた午後、料理屋が裏庭に大きな鍋を据え火を起こした。
ぐつぐつと煮立つ湯の中には、赤い根っこが浮かんでいる。
「今度は茜の根と刈安の茎や葉で染めてみましょう」
料理屋がそう言うと、三姫の目が一斉に輝いた。
「わたし、やります!」
三の姫が一番に飛び出して、布を抱えて鍋の前に立つ。
「気をつけろよ、熱いからな!」
俺が声をかけると、
「大丈夫です!」と胸を張ったその瞬間――
「きゃっ! 熱い」
布を鍋に落として、液体が跳びはねた。腕に赤い雫が飛び散った。俺はとっさに手ぬぐいで拭った。
「ほら、やっぱり危ないって言ったろ」
「……ごめんなさい」
はにかむ笑顔に、俺の胸がまた妙にざわついた。
――三の姫、お転婆でおっちょこちょいで、妹みたいだ。
お方様は、三の姫を井戸に連れて行き、腕を水で冷やしている。
一方、一の姫は静かに鍋をのぞき込み、真剣な目で布を沈めている。
「……赤が糸に移っていく。まるで炎が布を走るようですわ」
布を引き上げると、鮮やかな茜色が陽の光を浴びてきらめいた。
その美しさに、誰もが思わず息を呑む。
「こっちは任せて!」
二の姫は刈安の葉や茎を煮だした黄色の鍋に布を沈め、手際よく棒で動かす。
「籠を編むのと同じですね。手早く、むらなく丁寧に混ぜればいいんです」
布を引き上げると、黄金色に輝く一枚が現れた。
「わぁ……太陽みたい!」
ノリが歓声を上げると、二の姫の頬もうっすら赤くなった。
手際よく棒でかき混ぜ、次の布も投入する。
大きな桶をひょいと抱える姿は、たくましい。
二の姫は現代なら、中学生くらいだろう。
そして、また棒でかき混ぜの作業に入る。
一人で何役もこなす手際よさに、俺たちは驚いた。
「すげぇな……ほんとに姫様なのか?」
ハヤテがぽつりとこぼす。
二の姫がピシャリと睨んだ。
「《《ほんとに》》とはどういう意味ですか」
「え、い、いや! ほら、姫様ってもっとおしとやかで……!」
「失礼な! おしとやかな姫は青景には不要でしょ。男でも女でも、しっかり仕事をして青景の役に立つことが大事でしょ」
「……おっしゃる通りでございます」
ハヤテは慌てて頭を下げ、広間に笑いが広がった。
茜の赤、刈安の黄、そして藍の青。
三姫とノリの手で生まれた布が、地頭屋形の広場で風にはためいている。まるで花畑のように彩りを添えていた。
親父さんが見に来た。
「おお、きれいな色だな」
お方様が寄り添い、染めたばかりの布を手渡す。
一の姫が親父さんに向かって頭をさげた。
「地頭様、地頭屋形の方々に彩り豊かな衣をお贈りしますわ」
「いやいや、正月にもう貰ったよ。……それより姫たちの衣を新調してくれ」
一の姫は目を見開く。
「地頭様、わたしたち三姫は、平家の落人です。いわば、青景のやっかいものです。衣の新調などしていいんですか?」
「いいんだよ。今さら、平家も源氏もない。三姫は青景のためによくやってくれている」
親父さんの言葉に、三の姫は泣きだした。
「うっうっ、嬉しいです。地頭様、ありがとうございます」
三姫は顔を見合わせ、嬉しそうだ。
今の姿を見れば、自分たちの衣は後回しにしているのがわかる。
嫁入りしたお方様は藍色のきれいな衣を着ている。
姫たちも、そろそろ新調したかったんだろう。
俺のハートも温かい色に染められていくのを感じた。
そうは言っても、寒い冬がやってくる。
明日は落穂ひろい、そして炭焼き窯の点検だ。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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