20話 落人狩り ひでえ話だ
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
「大人しく首を差し出せ、小僧! 天皇の首なら、褒美は山ほどだ!」
「やれるもんなら、やってみろ!」
ハヤテが短剣を振り上げる。
だが雁丸が手で制し、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は、普段の無表情に薄氷のような冷たさを足したものだった。
剣を抜く音が、はっきりと響く。
「……俺は殺さない。だが、二度と矢を握れぬようにする」
雁丸の声は、静かに響く。
「何だと? そっちから片付けろ!」
次の瞬間、
矢が放たれた――雁丸は身をひねり、それを紙一重で避けた。
踏み込む。
「なっ!」
先頭の侍が驚く暇もなく、雁丸の刀が閃いた。
――ザシュッ!
右腕が宙を舞い、赤い飛沫が朝日に散った。
「ぎゃああああっ!」
侍が悲鳴を上げ、弓を落とす。転がった腕から、まだ指が痙攣しているのが見えた。
「言ったはずだ……殺さないとな」
雁丸は冷ややかに言い、落ちた腕を蹴り飛ばした。侍は後ろへ倒れ、うめき声を漏らす。
もうひとりが慌てて槍を構えたが、雁丸の動きは止まらない。
まず槍を叩き落とし、次に喉元を突くが、寸止め。
「……ひ、ひいっ……」
尻もちをつき、目は泳いでいる。
雁丸は右腕を失った侍の胸ぐらを掴み、顔を近づけた。
「誰の命令だ。なぜ子どもまで殺す」
侍は歯を食いしばりながら答えた。
「……鎌倉……源頼朝公の命だ……残党は、一人も生かすなと……」
「……そうか」
「それは、見当違いだったな。……こいつは、安徳ではない。ただの色白のブタだ。宋との商売で儲かっているある商家の息子だ。安徳が生きているなんてほざいたら、恥をかくぞ」
雁丸はそれ以上何も言わず、侍を突き放した。
「おい、見逃すのか!?」
ハヤテが目を見開く。
「こいつら、また襲ってくるぞ!」
「腕を失った侍は、剣も槍も握れない。、あいつ自身が背負う罰だ」
雁丸は淡々と答えた。
「行くぞ」
雁丸が舟を押し出す。
ハヤテはまだ納得いかない顔をしていたが、無言で乗り込んだ。
俺は杭に結んだもやいをほどいた。
落とされた腕、痙攣した指が脳裏に浮かぶ。
俺は袂のスマホを叩いた。
草むらから、黒い尻尾がぴょんと揺れた。
黒猫クロエが駆け寄ると、俺の肩によじ登ってきた。
「安徳、久しぶりニャ」
「ああ……」
俺はクロエを肩に載せて舟に乗った。
雁丸が押して飛び乗る。
ハヤテが櫓をこぐ。
海は凪いでいる。
「いい? 安徳。この時代はね、戦が終わったなんて思ってると、すぐ首が飛ぶ時代だニャ。源頼朝って人はね、壇ノ浦で平家本隊を沈めたあとも、残党が集まらないように命じたニャ。『残党一人も生かすな』って」
クロエはひらりと前足を上げ、爪を出して見せた。
「首級や武具、馬を持ち帰れば褒美がもらえる。だから戦のあとは、みんな獲物を探す猟犬みたいになるんだニャ」
「つまり……獲物って、落ち武者か」
「そう。今の安徳のこと。しかもね、怖いのは源氏の武士だけじゃない。農民も漁師も、みーんな参戦してるの。鎧を剥ぎ取ったり、衣服を奪ったり、縄をかけて生け捕りにしたり……時には命まで……。そうやって、自分は源氏の味方です。褒美をくださいと言うのだニャ」
クロエがひときわ大きく、シャーと威嚇した。
そしてまたすまし顔になって続けた。
「平家物語にも書いてあるニャ。山間や浜辺で捕まって、帰れなくなった平家武者の話がね」
ハヤテが苦い顔をした。「……だから山は危ないって、雁丸が言ってたんだな」
「山狩り、海狩り、どこでもやってる。だから平家方であれば、武士はもちろん、武士とは言えないような駆り出されてきた農夫や水夫までもが平家の落人。船を失えば山へ逃げる。山へ逃げれば山狩りにあう。また舟を持てば、海で追われる。これが、何年も続いたニャ」
クロエはしっぽで俺の頭を軽く叩く。
「それに、変装なんてすぐバレる。農民のふりしても、言葉づかいとか歩き方で武士だってわかるの。」
「……じゃあ、捕まったら?」
「首実検よ。首を検分所に持ち込まれて、名前を確認されたらおしまい。持って行った奴は恩賞をもらえる。つまり、あんたらの首は金になるの」
クロエはため息をつき、低く笑った。
「西国の村じゃね、『平家方は匿うな、捕らえろ』って空気ができていく。味方だと思った相手でも、次の瞬間には縄をかけられるニャ」
俺は無意識に、首元を押さえた。
――ひでえ話だ。
もちろん、猫の会話はハヤテと雁丸には聞こえない。
俺が女神様からいただいたスキルなんで。
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