209話 お方様はスパイ。その手紙に書かれていたこと
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
数日後、里から使いの者がやって来た。
帰りに東の関所で荷物を改めた際、その中から一通の手紙が見つかった。
お方様が、その使いの者に託したらしい。
紙は高価だ。
俺でさえ、歳時記を書くときは木の板や炭を使っているというのに。
お方様は、上等な紙に手ずから筆を走らせていた。
関所の兵が不審に思い、手紙は没収されて屋形に届けられた。
その知らせが届くや否や、屋形衆の顔色が変わった。
「青景の内情を漏らしていたら――」
「親父さんの命を狙うつもりか?」
「攻め入る手筈を伝えていたのかもしれん!」
誰もが拳を握りしめ、場の空気が一気に張り詰める。
重たい沈黙の中、親父さんが呼ばれ、手紙がその場で広げられた。
――そして、そこに書かれていたのは。
「父上、お変わりないでしょうか。
約束通り、青景についてお知らせします。
地頭の息子安介が歳時記を作り、やるべき仕事を月ごとに記している。
屋形衆は寝る暇を惜しんで働いている。
たたらの者たちは鉄の道具を作っている。
刀ではなく、人々の暮らしに役立つ鎌や鉈、千歯こきの歯など。
牛飼いは台山で牛を放し飼いにし、多くの乳がとれる。
青景の子どもは牛の乳を飲んでおり、病が少ない。
また醍醐という貴重な食べ物が目的をもって作られている。
稲は条に植えられており、収穫高が多い。
大豆や麻・綿などは納税のためだけでなく、暮らしのために栽培されている。
藍の桶は青景の里人、誰もが使って染めて良いことになっている。
干し柿などの人手がいる作業は、朝稽古の後で立て看板で知らされ、皆で行っている。
地頭屋形に人を呼ぶときは太鼓が使われており、速やかに里人が集まる。
青景の良いところは実に多い。我が里も見習い、豊かになっていくべし。
楓」
……静まり返った。
誰も、息をしていないようだった。
俺たちは言葉を失った。
怒りよりも、胸が痛かった。
お方様は――青景を売ろうとしたんじゃない。
生まれ故郷を、救おうとしていたんだ。
そのために、父親より年上の親父さんのもとへ嫁いできた。
豊かになった秘密を伝えるためのスパイとして。
お方様が呼ばれた。
手紙を見せられ、静かに涙をこぼす。
「ごめんなさい。 内緒で手紙を送ったりして……。もう手紙は書きません」
屋形の空気が、すこしだけ和らいだ。
けれど、皆の視線にはまだ迷いが残っていた。
だから俺は、思ったままを口にした。
「悪意のある手紙じゃない。青景を陥れようとしてるんじゃない。
だったら――今後は、おしずさんにでも見せてから出せばいいんじゃないかな。
内容に問題がなければ、誰も止めない。青景も、お方様も守れるやり方があると思う」
静まり返る中、お方様は涙を拭って、そっと微笑んだ。
「青景の一番の秘密をつきとめたわ。
青景がここまで急に豊かになったのは……安介さん、あなたがいたからね。
あなたは、ただの子どもじゃないみたいね」
その言葉に、俺は息をのんだ。
お方様の瞳には、尊敬と、少しの哀しみが宿っていた。
――もしかしたらこの人も、戦と貧しさに傷ついた一人なんだ。
だからこそ、青景の豊かさに希望を見たのだろう。
夜風が屋形を吹き抜ける。
灯の揺れる影の中で、俺はそっと胸の奥に誓った。
――もう、誰をも疑わない里にしたい。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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