208話 地頭の親父さん、嫁とり事件簿
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
衣食住が整い、青景の谷はまるで別の国のように穏やかになっていた。
……まあ、地頭屋形は歳時記どおりに毎日バタバタしてるけどな。
秋になると、佐竹衆もたたら衆も総出で働いた。
藍の葉を刈り、綿を摘み、稲を刈って脱穀。俵に詰めて納税の仕事までやる。
おしずさんの指導で、今年は干し柿にも挑戦した。
「いいか、手を切らんように気をつけて剝くんだぞ」
おしずさんの声が響く。
「剝いた柿は縄目に挟み、軒下で干す。渋が抜けたら食べごろだ。……が、食べるんじゃないぞ」
その言葉に、ハヤテがにやっと笑った。
「ほんとに? じゃ、ちょっとだけ――」
次の瞬間、
「うわああああ! 渋いっ! ペッペッ!」
「ほうら、言わんこっちゃない。渋柿は渋いのじゃ!」
笑い声が屋形に広がった――その時だった。
正装の客が馬で現れた。烏帽子をかぶり、従者を連れている。
空気が一気に引き締まる。
「いやいや、それはお断りいたす」
「楓姫に不満があるのでござりますか? では、その下の娘を――」
「い、いやいやいやいや、そういう訳では……。安介という息子もおりますし、皆に相談せねば……」
じいさま、トラさん、そして俺でその客に会った。
客の言葉に、俺たちは固まった。
「娘の楓、十六歳を、地頭様の嫁御に貰っていただきたい」
……はい? え、なにそれ、いきなりすぎない?
親父さんは顔を引きつらせ、丁重に断った。
けれど数日後、使者が松茸と山の芋を置いて行き、
また数日後には、鮎とウナギを持ってきた。
「おおっ、今夜はウナギだ!」
ハヤテはもう大喜び。
隣の里の使者が来るたびに、夕食が豪華になるのだから、まあ当然だ。
そして――ついにその日が来た。
「強く請われて、隣の里の地頭の娘を嫁に貰うことになった」
親父さんの言葉に、屋形中がどよめいた。
……つまり、政略結婚だ。
十六歳。姫と呼ばれていたが、地頭の妻となれば、
俺たち青景の者は「お方様」と呼ばねばならない。
俺は、母上と呼ぶ……? いや、それは勘弁してほしい!
頭では理解できる。政治のための婚姻。
けど、正直……年の差、無理があるって!
屋形なんて男子寮みたいなもんだ。
朝稽古、鍛冶、牛、泥、汗――そんな世界に、上品な楓姫を迎えるなんて、
もう気の毒としか言えない。
だから、屋形の東に小さな青景式の家を建てて、
そこで暮らしてもらうことになった。
秋も深まった吉日。
花嫁行列には多くの里人が付き添い、田畑を眺めては歓声をあげた。
地頭屋形でお披露目が行われ、祝いの言葉が飛び交う。
チーム牛飼いからは、あの最高級の《醍醐》がふるまわれた。
「地頭様、おめでとうございます!」
――けれど、親父さんの顔はどこか複雑だった。
楓姫――いや、お方様は穏やかであたたかい人だった。
嫁入り道具の機織り機を軽やかに使いこなし、藍染めも裁縫も見事。
朝粥の仕込みを手伝い、朝稽古を見守る。
暇さえあれば藍色のたすき掛けで、屋形の仕事を手伝っていた。
「……地頭の妻って、ここまで動くもんなのか?」
屋形衆がざわつき始める。
俺もなんとなく気になっていた。
そんな中、九郎が空を見上げながらつぶやいた。
「嫁入りと同時に地頭屋形の一員……。これは、やりすぎだな。何か匂う」
九郎の“天気予報”はよく当たる。嫌な予感が背筋を走る。
お方様は、現代なら高校生くらいの女の子だ。
制服姿で友だちとカフェに寄り、推しの話で盛り上がるような年頃。
受験と恋に悩むような、そんな年頃の少女が――
「今日は台山にあるという牛小屋を拝見したく存じます。
明日は、たたら衆の工房へも。
綿畑は、その行き帰りに立ち寄ってもよろしいでしょうか?」
きらきらした瞳でそう言うお方様。
その純粋さが、かえって不穏に思えてしまうのはなぜだろう。
九郎の眉はますます険しくなった。
「おかしい。女がそこまで興味を持つか?
屋形から一歩も出ず、花を活け、里人と噂話をして過ごすのが“妻”だろう。
それを台山だの工房だの……。絶対、何かある」
ざわりと、屋形衆の間にさざ波が立つ。
――そして、九郎の予感は、的中することになるのだった。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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