205話 田植えの後で大豆を植える
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
元治三年 1187年 3月(太陽暦5月)
今年も田植えを終えた。
佐竹衆がめっちゃ丁寧に田を鋤いてくれた。
だから、水を入れて代掻きをしたときの土の滑らかさときたら、とろ~りなめらかフォンダン・ショコラのレベルだった。
里人の経験値が上がっており、去年よりもいっそう整った条植えができた。
豊作を祈り、水の管理もしっかり行われている。
そんなある日、夕餉の膳に並んだのは、いつものようにひえ混じりの飯と大根の味噌汁、そして漬物だった。
みんなは喜び、手を合わせ、箸をのばす。
いつもの光景だ。
俺も一口食べてみたが……ふと考えてしまった。
――うまい。めっちゃうまい。……だが、これじゃ何かが足りない?!
米と雑穀ばかりで、油も肉も少ない。
現代の感覚でいえば、カロリー不足、栄養も偏っている。
「体を酷使する大人たちの免疫力はどうなんだろう……」
隣のハヤテが怪訝そうにこちらを見る。
「なんだよ安介。いらないのか? おいらが食ってやるぞ」
「いや、そうじゃない。 米や雑穀は腹をふくらませるけど、油もタンパク質も足りない。魚や豆をもっと増やした方がいい」
「たんぱくしつ?」
ハヤテは首をかしげる。
「つまり、体を作るもとだ。血や筋肉になるやつ」
ハヤテは「ふーん」と。
「でも、魚なんて毎日食えるもんじゃないぞ。川に行っても獲れるかどうか……」
そのやりとりを聞いていた六さんが笑った。
「だったら豆を増やすこったな。畑に大豆をもっと植えて、味噌や豆腐にすりゃいい」
「それだ!」
思わず声が大きくなる。
「大豆は畑で増やせるし、干して保存もできる。栄養もある」
じいさまも箸を置き、ゆっくりとうなずいた。
「豆は畑の肉と申す。おぬしの言うこと、理にかなっておる」
――健康に生きるためには、体を守るための栄養が必要なんだ。
その夜、囲炉裏の火がぱちぱちと爆ぜる中、豆畑を増やす話が始まった。
源さんが言った。
「戦に行ったまま帰ってこない家がある。その納屋を整理していると、
ざるにいっぱいの大豆の種を見つけた」
六さんが深くうなずく。
「いつかそれを蒔きたいと思っていた。もし、家の者が戻ってきたら、蒔いたことを伝え、その者に半分与えるのではどうかな」
親父さんもうなずいた。
「いいだろう」
「さて、どこに植えるかだ。もう畑にはそれぞれ作物を植えてある」
「うーーん、台山の穴畑にも作物を植えてあるし……」
梅雨の晴れ間、俺とハヤテは田んぼの畦を見に来た。
雨で削れた土手がひび割れ、ところどころ崩れている。
「こりゃ、水が漏れちまうな」
ハヤテが土をつかんでひびを埋めた。
俺は鍬で土を寄せながら、ひらめいた!
何かの雑誌で見た光景。畔に大豆が植えてある写真。
「修理するついでに、大豆を植えよう」
「え、大豆を? 畦道に?」
「そうだ」
ハヤテは目を丸くして笑った。
「なるほどな、畦が丈夫になって、腹もふくれるってわけか!」
二人で削れた畦に土を盛り、手のひらで固める。
そこへ指で穴を開け、水に浸しておいた大豆をひと粒ずつ落としていった。
太陽が照りつけ、土の匂いが立ち上る。
「芽が出るかな」
ハヤテが小さくつぶやく。
俺は頷いた。
「きっと出るさ。畦道に豆の花が咲いたら、里も少し明るくなるだろう」
■■黒猫クロエのニャンノート■■
「今日もいい仕事をしたニャ~。さて、安介の代わりに、ちょっと説明タイムだニャ!」
◆畦ってなんニャ?
田んぼと田んぼのあいだにある、土を盛り上げた細い壁みたいなところニャ。
これがないと、水がとなりの田んぼに流れちゃう。
つまり――畦は、田んぼの水を守るダムみたいな存在ニャ。
昔の人たちは、鍬で土を寄せて固め、何度も踏んで強くしてたんだニャ。
だから、雨が降っても崩れないし、牛が通ってもへっちゃらニャ!
◆畦道ってなんニャ?
畦)の上を、人が歩けるようにした細い土の道のことニャ。
田植えや草刈りのとき、稲を踏まないように歩く大事なルートなのニャ。
春になると、レンゲやつくしが咲く。
夏はカエルやトンボが飛び交い、
秋には真っ赤な彼岸花が道を彩る――。
田んぼと季節をつなぐ回廊ニャ。
美しい畔道の写真が、豆をどこに植えるか問題を解決したニャ。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
ブックマークしていただけると、とても励みになります!
リアクションやコメントも大歓迎。
感想をいただけたら本当に嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!