202話 灰で便利な灰汁をつくるよ
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
炭焼きの窯を開けてから数日後。
屋形の広場に、ノリが桶をかかえて立っていた。
風はまだ冷たいけれど、陽射しにはどこか春の気配がある。
「ねえ、安介。あの炭の灰、捨てちゃだめだよ」
「えっ、灰? もう使い道ないんじゃない?」
ノリは首を振った。
「ここからが大事なの。灰汁を作るの」
「灰汁?」
ハヤテが首をかしげる。
「それって……苦い汁のこと?」
「苦いかどうかわからないけど、大事な物なの!」
俺はハヤテも連れて、ノリと炭焼き窯に行った
ノリは灰の山に木の杓文字を差し込む。
「灰を水に溶かして一晩おくと、上の方に透明な液ができるの。それが灰汁。布を染めるときにも使うし、漬物を作るときの下処理にも使えるの。洗濯にも使えるよ」
「おお……そんな使い方が」
俺は思わずうなった。
まさか、この灰色の粉が暮らしの万能薬だったとは。
俺とハヤテも古桶に灰をたっぷり入れた
そして、屋形に戻った。
サワさんとミサさんが寄ってきた。
「まあまあ、よい灰がとれましたね」
別の桶に灰を入れ、水をゆっくり注いでいく。
灰がふわっと浮いて、白い泡が広がった。
「ねえ安介、この泡がなくなったら、灰汁ができた合図だよ」
「へえ、なんか化学実験みたいだな」
袂を叩くと黒猫クロエが肩に飛び乗ってきた。
「灰汁にはアルカリ性の力があるニャ。油汚れを落とすし、糸をやわらかくするニャ。食品の加工にも役立つニャ」
「ほんとに何でも知ってるな、クロエ」
「ニャ~」
翌朝。
桶の中の灰水は、上澄みがうっすら黄金色に透きとおっていた。
ノリが手を差し入れて、指先でそっとすくう。
「ほら、できた」
指の先に光る透明な液が、朝日を受けてきらめく。
「この灰汁をね、まずは布に使おう。麻布を柔らかくするの」
「麻布ってあの、手触りがごわごわしてたやつ?」
「そう、それ。灰汁で煮てやると、柔らかくなって色が入りやすくなるんだ」
鍋に灰汁と布を入れ、火を起こす。
火吹き筒でふーっと吹いた。
炭が赤くなり、やがて灰汁がぐつぐつと音を立てた。
ほんのり炭の匂いがする。
ーー焼かれた木が灰になり、また布や食べ物を生かしていく。
生まれ変わって、仕事をするのか。
昼前になると、台所からサワさんの声がした。
「ノリ、灰汁ちょっと貸しておくれ。蕗を煮る前にあく抜きするから」
「はーい! 好きなだけ使ってね!」
ミサさんが早口で言った。
「便利なもんだねえ。山の恵みはほんとに無駄がないよ。そうそう、午後には洗濯をするから、また灰汁をもらうね」
囲炉裏の火がパチリと弾けた。
炭の香りが屋形の奥までゆっくりと広がる。
夜。
俺とハヤテは囲炉裏のそばで、湯気の立つ蕗の煮物をつついていた。
「うまいな」
「うまい。……春の香りがする」
トラさんが笑いながら湯飲みを持ち上げた。
「お前たち、よくやったな。炭も灰も、皆が欲しがっている。山を歩くとき、ちょうどよい大きさの枝があれば炭焼き窯の横に置いておけ。木材を貯めておくんだ。炭焼きは冬の仕事だが、木を集めるのはいつでもできるだろ? 来年は二回焼くぞ。炭を配ったら、みんな喜ぶぞ」
俺はその言葉を聞きながら、炭火の奥を見つめた。
みんなが喜ぶ? 一番うれしいことだ。
静かに燃える赤い光が、心の奥に沁みていく。
ーーああーー、癒されるーー!
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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