18話 平家の侍の遺志を聞く
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
東の空が白み始めた。
闇の端が青く染まり、海の匂いが朝を運んでくる。
――ああ、夜が明ける。
俺たちの小舟は、波に揺られながら入り江近くに停まっていた。
雁丸は舟の端に腰かけ、目を細めて沖を見張っている。
無駄口を叩かない男だ。
その背中から漂う気配は、「何かあれば即座に斬る」という殺気混じりの緊張感だった。
腰には昨夜から3本の刀……。
――そうだ。海に沈む途中、祖母二位の尼の衣をつかもうとして、つかんだのが剣だった。昨夜、雁丸に渡したんだ。
そして、ありがたいことに雁丸は、俺の着替えとスマホを濡れないように持ってきてくれた。
着替えられたから、今こうしていられる。
海水につかったままの衣なら、凍えてしまっていただろう。
チャポン……チャポン……
波の音に混じって、小舟のきしむ音が近づいてきた。
帆も棹もない、漂流するだけの小舟だ。
雁丸が眉をひそめる。
「……おい、あれ……人が乗ってる」
刀に手をかけて、低い姿勢をとった。
ハヤテは錨をあげると、櫓を巧みに操って、小舟にすっと横付けした。
さすが漁師の子、操船の手際が鮮やかだ。
雁丸がのぞき込んだ。
「鎧姿の侍だ。……まて、平家の印アゲハチョウだ」
「だったら、知ってる人かも」
俺も舟をのぞき込んだ。
「知っているか?」
「いや、貴族のおじたちではない」
侍の腹には矢が刺さっていた。
肩で息をしている。
船底には黒ずんだ血が溜まり、潮の匂いと鉄臭さが入り混じっていた。
侍は血走った目で俺を見て、かすれた声を漏らす。
「……こなたは……帝……さまか?」
俺は一瞬、返事に迷った。
けれど嘘をついても、この男には見抜かれる気がして、黙って頷いた。
侍の手が懐に潜り、短刀が現れる。
雁丸が「お主は何者ぞ」と聞く。
雁丸の刀がカチャリと音を立てた。
男にはもう何も聞こえていないようだった。
「帝さま……我ら平家は滅びませぬ……どうか……生き延びて……いつか再び……」
言葉は血と一緒にこぼれ落ち、声が途切れた。
ハヤテが近づき、耳を傾ける。
「……帝を……お守りしてくれ……まだ幼い……助けが……必要じゃ……」
その瞬間、雁丸がわずかに身じろぎした。
目は細めたままだが、いつでも斬り捨てる体勢だ。
この侍が源氏方なら、俺たちを売る可能性だってある。
だが侍は、短刀を差し出すと同時に、大きく目を見開いたまま動かなくなった。
雁丸が静かに舟から立ち上がり、合掌する。
「……戦の果ては、皆同じだ」
その声は低く、波音に消えた。
差し出された短刀が手から落ちた。
俺は、刀は嫌い。
どうぞの身振りをハヤテに向けた
ハヤテは短刀を受け取り、細帯に差した。
「おまえにやりたかったんだろうが……危ねぇもんはオレが預かる」
そう言って俺を見たが、その眼には「守る」という決意が宿っていた。
白む空の水平線あたりに船が行く。
皆、九州に向かっている。
源氏の白旗がいくつも揺れている。
紅旗は――ひとつもない。
胸の奥が冷たく締めつけられる。
敗北の現実が、朝日とともに押し寄せてきた。
ハヤテは侍の懐から小袋を取り出し、海に向かって押し戴いた。
「ありがとよ……安心して行け」
そして小舟を沖に押し出す。
雁丸は俺に小さく言った。
「この場所は危うい。岸に移るぞ」
俺は遠ざかる小舟に手を合わせた。
砂浜に足を踏みしめた。
まだ揺れている感覚が残っている。
砂、潮の匂い、足裏に冷たさを感じた。
――そして、浜には、打ち上げられた旗や棒、櫂などが散らばっていた。
その時、松の陰から「がさっ」という音が響いた。
雁丸が刀の柄に手をかけた。
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