17話 小舟の操り方
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
源氏の矢の届かぬところまで、ハヤテは漕いでくれた。
陸での戦が得意な源氏だ。
ここまでは、追ってこないだろう。
灯りもない俺たちの小舟は海上の漂流物の一つだった。
今日は朝から女たちと船に乗り、むごい戦を見た。
そして、祖母に抱かれて海に沈み、長い時間溺れかけていた。
ハヤテに助けられ、ハヤテの家に行ったが、
家は焼かれ、家族は黒焦げ。
そして、源氏の侍に追われ、また海上に逃げて来た。
「……安徳も舟の操作を覚えてくれ」
ハヤテは元気がない。
目の前で両親の焼け焦げた姿を見たなら、誰でもそうなるだろう。
「わかった。何でも教えてくれ」
「それでは、僭越ながら、この雁丸が指南いたそう」
――ハヤテは放心状態で遠くを見ている。
雁丸が俺に向かって、長い棒のようなものをぽん、と叩いた。
「これが舵竿だ」
近くで見ると、先に幅広の板がついていて、水面に突き出している。
ただの棒じゃない。これで船の向きを変えるらしい。
「行きたい方の逆に押すんだ。」
「逆?」俺は首をかしげた。
「右に行きたきゃ、舵を左へ押せ。左に行きたきゃ、舵を右だ。」
意味が分からず、眉をひそめる俺に、雁丸がニヤリと笑った。
「水が舵板に当たって、船尾を押し出すんだよ。お尻を押せば、頭は逆を向く。人間と同じだ。」
「……なるほど?」
まだ頭の中で図が描けない。
「まあ、やってみろ。口で言うより早い。」
言われるまま、舵竿を握る。意外と重い。
海の水圧が腕にずしりとのしかかってくる。
試しに左へ押すと、船尾がふっと右に振れ、船首が左を向いた。
おお……。
「逆だ。ほら、右に向けたきゃ左に押す!」
雁丸の声に従って舵竿を押すと、船首がゆっくり右を向く。
確かに、体感するとわかる。舵竿は船の尻尾みたいなもんだ。
潮風が頬を撫でる。
舵竿の感触が、なぜか心地よかった。
俺は——初めて、自分の手でこの舟を動かした。
「そして、この鉄の塊が錨だ。」
雁丸が低い声で言う。
錨は太い綱で小舟の本体に結ばれて舟底に転がっている。
俺は思わず綱を引っ張ってみたが、動く気配はない。
「まず、錨が綱としっかり結ばれてるか、いつも確かめろ。
海じゃ、それが命綱だ。」
――命綱か。
「泊まりたい場所に来たらな、まず潮の流れを見ろ。風の向きもだ。」
雁丸は潮の音を聞き分けるように耳を澄まし、海面の模様をじっと見ている。俺にはただの波にしか見えないが、彼には違うものが見えているのだろう。
「今日は潮が強い。潮上に回り込むぞ。」
「ああ」
雁丸が舵を切ると、舟は大きく弧を描いて進む。
俺の体は風に押された。
「ここで錨を落とす。あとは潮に流されて、舟が下がり錨が底をつかむ。」
「……底をつかむ?」
「爪が海底に食い込んで、流されないということだ」
次の瞬間、雁丸が錨を持ち上げる。ずしりとした鉄の塊が月光を受けて鈍く光る。
そのまま海へ落とすと——
どぼん!
水飛沫が舞い上がり、俺の顔にかかった。
「うわっ……つめてえ!」
「これで、船は逃げねえ」
ハヤテが落とした錨の綱を引っ張っている。
「本当に底に食い込んだか、手で引いて確かめるんだ」
「おう」
雁丸が綱を引く。
「よし、大丈夫だ」
俺は濡れた頬をぬぐいながら、海の底に沈んでいく錨を想像した。
それは俺たちを、この漂う世界に繋ぎ止める唯一の爪だった。
「安徳! それ何だ?」
雁丸は壇ノ浦の合戦後から、だんだんと《《様》》をつけなくなった。
まあ、その方が気持ちが楽だけど……。
「え? なに?」
雁丸が指さす方を見た。
俺の……6歳男児安徳天皇の……帯。
「刀だ!」
「刀だ!」
同時に叫んだ。
これが一体どれほど大事なもので、今後、歴史に残る大掛かりな捜索があることを俺たちは知っていた。
NHKも番組で捜索していた。BBCでも番組が作られたらしい。
――やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!
俺は立ち上がって舟の底を踏み鳴らした。
雁丸は冷静に言った。
「貸してみろ……おお、これが草薙剣か!」
「雁丸が持っていてよ。そんなの恐れ多くて俺はむりー!!」
ーー草薙剣。天皇の印三種の神器のひとつ
「安介ニャ、日本の天皇の証には《三種の神器》ってのがあるニャ。
八咫鏡正しき心を映すシンボル。
草薙剣。勇気と力の象徴。
八坂瓊勾玉血脈と神秘のしるし。
天皇が正統であることを示す宝物ニャ。」
まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!