16話 ハヤテの家も……
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
潮の香りが、急に濃くなった。
ハヤテが櫓を力いっぱいこいでいる。
波しぶきが頬に当たるたび、胸の奥がざわつく。
月の灯りの中、浮かび上がったのは、ーー彦島だ。
このひと月で見慣れた輪郭だ。
昨日まで俺が「安徳天皇」として過ごしていた、仮の御所のあった場所。
「今日は疲れたろう。狭いけど、わが家で過ごしてくれ」
ハヤテの声は明るかった。
でも、俺の鼻先に乗ってきた匂いが、その明るさを一瞬で壊した。
焦げた木の匂い――。
浜辺に並ぶはずの家は、柱の影しか見えない。
近づくと、それが黒く焼け焦げた骨組みだとわかった。
「……なんで、こんな」
小舟を浜に乗り上げるや、ハヤテはもやいを結びもせず駆け出した。
俺と雁丸もあとを追う。
焼け跡は、まるで骸骨のような家の骨組み。
地面には、黒く固まった人の形が折り重なっている。
人が焼ける匂いが、鼻の奥にへばりつく。
――吐きそうだ。
崩れた戸口の前、炭になった壁板に何かが彫りつけられていた。
「……なんだ、これ……」
ハヤテは立ち尽くす。
文字が読めないんだ。
「俺、読めるけど……聞きたい?」
「いや……いい。ーーーいや、やっぱり読んでくれ!」
俺は短く息を吸い込んだ。
「平家一門、成敗――って書いてある」
「……え?!」
ハヤテの肩が大きく揺れた。
「父ちゃんと母ちゃんは……平家の一門って決めつけられて、やられたんだ」
言葉が出ない。
俺はただ、横でこぶしを握るしかなかった。
「魚を売っただけだ……!」
声が震え、やがて叫びに変わる。
「母ちゃあああああん!!」
その叫びを断ち切るように、草むらがガサリと揺れた。
ドサッ、ドサッと重い足音が近づく。
雁丸の背が俺の前にすっと立った。
腰の刀が、ひと呼吸で抜かれかける。
焼け跡に、目つきの鋭い侍が踏み込んできた。
「そこにいるのは誰だ! ガキかっ、……待てよ? 平家の一門か!?」
雁丸は一歩も引かない。
「……では訊ねる。お主らは源氏の一門か? 我こそは雁丸、俺が相手だ!」
低い構えから、一気に突く。
さらに、刀を払い血吹雪を散らした。
侍は倒れた。
「うわああああぁぁぁ! なんだ、こいつは?!」
後ろにいた数名が後ずさりする。
その刹那、ハヤテが俺の手を掴んだ。
「逃げるぞ!」
戸板を飛び越え、小舟へと走る。
背後で侍が怒鳴った。
「待て! 逃がすな!」
「ガキを捕らえよ! 安徳天皇だったら、ご褒美たんまりだぞ!」
舟に飛び乗ると同時に、矢がコンッと縁に突き立った。
「殺すな。捕らえよ!」
雁丸は俺を覆うようにしゃがむ。
「もっと頭を下げろ、安徳さま」
低く、それでも確かに守る声。
ハヤテが舟を押して、飛び乗る。
波が小舟を包み込み、浜が遠ざかっていく。
俺は突き刺さった矢を引き抜いた。
矢羽根には源氏の印。
――平家に魚を売っただけで、
――人を殺し、家まで焼き払うのか。
「……父ちゃんも母ちゃんも、平家一門じゃねえ。
おいらの村が、知盛様の知行地ってだけだ」
ハヤテは涙をこぶしでぬぐった。
「……ごめん。戦に巻き込んでしまった」
その言葉に、ハヤテは泣き顔で言った。
「頭を低くしろ、的にされるぞ」
矢が頭をかすめた。
平家の滅亡は救えなかった。
村人も救えなかった。
これから、どうする?
雨露をしのぐ小屋さえもない。
小舟は行く先もなく、漂った。
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