15話 平家を滅亡から救いたい 壇ノ浦の合戦
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
太陽が高く上った。昼だ。
潮の流れが止まった。もうすぐ、流れが逆になる。
敵の印は白旗。
我が平家は赤旗。
白旗を掲げた船が、潮に乗ってじわじわ迫ってくる。
あんなにたくさん……1000艘はいるだろうか……。
背後を見れば、ついさっきまで紅旗を誇らしげに翻していた味方の船が、いつの間にか白旗に変わっていた。
……おい、もう寝返り? マジか……。
敵に前後を挟まれた。敵はじわりじわりと迫ってくる。
「負ける……のか?」
思わず漏らした俺の声に、そばの姫がむっとして振り返る。
「安徳様、平家は負けません!」
いやいや、完全に負けパターンだろ、これ。
――潮の流れが変わる時、そこが運命の分岐点だ。
義経はそれを計算している。
雁丸がそっと耳打ちする。
「潮が変わる。船は後ろに動くぞ」
「今だ、知盛に知らせるぞ!」
俺は黒い衣をかぶって雁丸と小舟に乗り込み、俺たちを守っている知盛の船へ急いだ。
「知盛おじさん、潮が変わります! 船の配置を入れ替えて」
「漕ぎ手を守ってください!」
雁丸も短く言った。
「義経は挟み撃ちを狙っています。漕ぎ手を射られれば、沈むのは早いです」
だが返ってきたのは、冷ややかな声だった。
「戦は大人に任せよ」
……ダメだ。耳を貸す気ゼロ。
情報を持っていても、届ける相手と方法とタイミングを間違えたら意味がない――この瞬間、骨身に染みた。
俺は雁丸と女たちが待つ御座船に戻った。
二位の尼……平清盛の妻であり、安徳の祖母である人が両手を広げている。
「おお、危ない。安徳はおばあちゃまの側でじっとしていて!」
やがて潮が変わった。
白旗の船が、後方からも迫ってくる。
挟み撃ちだ。
……漕ぎ手たちが矢で次々と倒れ、船が走行不能となる。
味方の印、紅の旗が一本、また一本と海に落ち、波に呑まれていく。
予想通りの敗北だ。
平知盛が御座船に来た。
「見るべきものは、全て見た」
そう呟いている。
――話を聞いてくれたらよかったのに。
雁丸が耳打ちする。
「歴史書に書かれている歴史は、残念ながら変えられないんだよ」
「え? 俺は死ぬの?」
「安徳天皇、生存説伝説があるだろう? だから、もしかしたら、がんばれば生き残れるかもしれない。かも……だけど」
そのとき、背後から柔らかい香りがした。
伽羅の香り――祖母、二位尼だ。
「安徳様、参りましょう」
その声は穏やかで、悲しみを隠すように柔らかかった。
彼女は天皇の証である『三種の神器』の宝剣を胸に抱え、涙をこらえて言った。
「君は前世の修行によって天子としてお生まれになりましたが、御運は尽きました。この世は辛く厭わしいところ。極楽浄土へお連れ申します」
俺は、歴史の中の安徳天皇のように素直に頷くことはできなかった。
だって俺は赤星勇馬で、まだ死ぬ気なんてなかったからだ。
「おばあちゃま……どこへ?」
「波の下にも都がございます」
そう言って、祖母は俺を抱き上げた。
着物の袖が引っ張られている。
――これで終わるのか?
次の瞬間、身体ごと海へと投げ出された。
――冷たい。息が止まる。
耳の奥でゴウゴウと水の音が響き、目を開けると泡がぶくぶくと立ちのぼっていく。
祖母の腕の力が、少しずつ弱まっていくのがわかる。
(離れたら、終わりだ)
必死で衣をつかもうとする。だが水流が俺たちを引き離す。
宝剣をつかんだ。これが天皇の証だという物。帯に差した。
祖母の袖に入れられた石が、彼女の身体をさらに深く沈めていく。 紫色の衣が遠ざかり、やがて闇に溶けた。
――嫌だ。俺はまだ死なない。死ねない。
息が……苦しい。
でも、この苦しさは知っている。
小学生時代、海水浴場でこの状態を経験した。
――息ができない。必死で足で水をかく。水面にあがるんだ、俺!
水面の光が近づく。
――ぶはぁ!
息を吸う。そして、また波に押され、水中に戻される。
ーー死ぬのか?
また波をかぶった。
御座船からは離れていく。
潮に流されていく。
――死ぬんだ。史実通りだ。
どのくらい時がたったのだろう。
ふと顔を出した時、夕日が海を真っ赤に染めていた。波しぶきがしょっぱく、煙の匂いが鼻をつく。
東を見ると、紅旗が倒れ、船が燃えている。遠くから鬨の声。泣き叫ぶ姫たちの声も聞こえる。
どこにも逃げ場はない。潜るか、漂うか、それしかない。
そのとき、ふくらはぎに何かが触れた。
びっくりして振り向くと――手だ。
「おいっ!」
荒い声とともに、水の中から少年が現れた。
漁師の息子、魚屋のハヤテだ! 濡れた髪、強い目。
「生きてんだろ!? こっち来い!」
返事をする暇もなく、衣の襟をつかまれ、ぐいっと引っ張られる。
波を切り、小さな木舟へと向かう。
「なんでいつまでも海に潜ってんだよ、バカ!」
そう怒鳴りながら、ハヤテは俺を舟へ引き上げた。
「……た、たすけて……」
「助けたさ」
小舟の舳先には、黒装束の影――雁丸がいた。
「急げ、敵が来る。ここを離れるぞ」
こうして俺は、祖母と歴史に見送られ、戦場を抜け出した。
背後には、滅びゆく平家の赤旗と、塩辛くて苦い敗北の味が残った。
俺は、涙をぬぐった。
「……はあ、平家を滅亡から救うなんて、……無理だった」
雁丸が言う。
「歴史は変えられぬ。生き残れただけで大成功だ。……油断するな!」
雁丸は手を刀に添えたまま、周囲を見渡している。
ハヤテは彦島に向かっている。
――今は何も考えたくない。
まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!