14話 壇ノ浦前夜
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
仮御所に重臣たちが集まった。
【壇ノ浦・前夜】
壇ノ浦合戦まであと1日 太陽暦では5月
夜の海は、墨を流したように暗かった。
船腹を叩く波の音だけが、絶え間なく響く。
義経から文が届いた。
「安徳天皇は神聖な現人神だから、弓を引きことはできない。女と帝は合戦に来ないように。安徳天皇の身柄と三種の神器を引き渡せ。」
「つまり、安徳様を乗せた御座船は攻撃されない。そして、安徳様は生け捕られる。三種の神器も取り返される」
「それでは、安徳には違う船にお乗りいただこう。
これまで乗っていただいたあの大きな唐船ではなく、小さな船に。そうすれば、敵の目を欺けましょうぞ」
「安徳様と女人どもは、小さな船に乗る。これは、源氏に漏れることのないように秘密裏に行え」
「そして、我ら一門が安徳様の船の周りを囲み、お守りする」
「ははっ!」
老水夫が立ち上がった。海図代わりの板を棒でなぞる。
「殿、潮は明日の朝、西から東へ。昼には東から西へと変わります」
「朝のうちは、潮が我らに味方する」
あの怪力景清が低く言う。
太い眉の下で、大きな目玉が動く。
「戦うべきは朝のうちだ。朝のうちに弓で押し、近づく敵を跳ね返す。潮が変わる前に決着をつけねばならぬ。必ず、昼までに源氏を打ち払え!」
「ははっ!」
その横で、若武者が拳を握る。
「義経とて海には不慣れ。流れが変われば、奴らは浮き草のように流されるはず」
「そうじゃ、義経は陸戦が得意じゃ。やつは馬でどんなに急な坂道でも飛ぶように渡る。海では幼子のようなものじゃ。戦は全て、海上で行う!」
俺は黙って聞いていた。
――違う。昼までに決着がつかず、合戦は午後まで長引く。
そして、戦況の悪さも手伝って、味方の中に寝返る者が現れる。
そして、負ける。何て言えばいいのだろう。
現代知識を得ていても、よい提案ができない。
「あの……」
「はっ、安徳様」
「潮が変わる昼までに、決着しないといけないんだね。
それでは、わたくし安徳は、仮御所に残って邪魔にならないようにするから。そうすれば、わたくしの周りを守らなくても良い。昼までに決着を……」
「おそれながら、源氏は陸路が得意でございます。その間に仮御所の安徳様が生け捕られてしまうかもしれません。その時点で、我らは負けです」
――そうか、将棋と同じか。
どんなに他の駒が残っていても、王が取られれば負け。
平家は安徳天皇をどうしても渡したくない。
それで、二位の尼との入水になるのか。王は渡さないということか。
そして、源氏は安徳の遺体を血眼で探すことになる。
――ここで、寝返る武将の話なんかしたら、その人は斬られるだろう。
いや、その前に話を信じてもらえないかもしれない。
船の隊列について議論が始まった。
――難しい。合戦を前に現代知識はゴミのようだ。
よし、棟梁の宗盛にだけに話そう。
1・寝返る者が出るかもしれない。
2・水夫が射られて、船の走行ができなくなるかもしれない。
3・潮目が変わって、平家は押されて負けるかもしれない。
いやいや、小心者の宗盛おじに話してよい結果になるか?
一番良いのは合戦をしないことだと言ってみよう……。
会議は終わりそうだ。
「皆の者、我ら平家の死に場所は、壇之浦だと心得よ!」
――そうか、勝ち目はないと思っていても口に出さない。
武士の名誉のための戦だ。
これは止められない。
兵糧はほぼ無い。
味方の数も目に見えて減ってきた。
それでも、浜に多くの男たちが集まっている。
知盛が一人ひとり、名前を書きとっている。
港の浜風に、男の低く通る声が混じった。
「長門の国、豊浦郡、豊東の郡司、藤原秀盛、ここに参上」
現れたのは、60歳手前と見える、背筋の真っすぐな男だった。
鎧は潮で鈍く光り、腰には使い込まれた刀。
「そして、これが我が家の精鋭たちでござる。」
後ろに並んだ十二の影が、順に名乗りを上げていく。
藤原秀清 — 「秀盛の次男。槍なら誰にも負けません」
赤松三郎 — 「海の上でも陸でも弓が通ります。鷹も飼ってます。」
成瀬新八郎 — 「馬より舟が好きな変わり者です。よろしく。」
和田六郎 — 「網を打つのも敵を捕らえるのも同じこと、と思ってます。」
高梨源太 — 「刀はあまり振りません。釣竿の方がしっくりきます。」
本庄弥五郎 — 「料理番を兼ねます。塩漬け魚、食ってみますか?」
長谷川九郎 — 「海鳴りで天気を当てます。たいてい当たります。」
笠原与一 — 「海でも山でも駆けます。足だけは速いんです。」
三好十郎 — 「舟板の修理、任せてください。」
牧野半兵衛 — 「ちょっと耳が遠いですが、剣はまだまだ鈍ってません。」
栗原甚助 — 「酒さえあれば、どこまでもお供します。」
津田市之丞 — 「若輩ですが、命を賭ける覚悟はできてます。」
秀盛は平家の記録頭をまっすぐに見た。
「我ら十三名、この豊浦の地を守る者。いかなる荒波が来ようとも、平家のため勇猛果敢に戦います」
その言葉に、強い決意が見えた。
「母上、あの者たちは何者ですか?」
母はふわっと優しい笑顔で答えた。
「安徳、平家の味方をしてくださるお侍さんですよ。
勝った後で、恩賞を渡すことになります」
この人たちは、負け戦で生き残るのは難しい。
そして、たとえ生き延びても、源氏の落人狩りに追われていく。
もう、自分の家に帰ることはできないだろう。
こんなに「勝たせたい、平家の命を守りたい」と思っているのに……
俺は無力だ。
そして、明日は史実通りの戦いで、俺は死ぬのか?
まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!