13話 ハヤテの村
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。
2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。
~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~
壇ノ浦源平合戦の日まで20日
――そろそろ田植えの準備を始める季節
ハヤテは今朝もやってきた。
「はーい。魚屋が来ましたよ。獲れたての魚だよー。
今日は鯛もあるよー。干物もあるよー」
台所番がやってきた。
「……どれどれ、見せておくれ」
「おっちゃん、少しだけど、ワカメも持ってきたよ。
そして大事な塩もある。うちの塩浜で作った上等の塩だよー」
台所番が塩を舐めた。
「ああ、いいね。よし、みんな貰おう」
「ああ、お代は昨日の分と、今日の半分でいい。
明日も来るから」
台所番は宋銭を二十八枚渡した。
宋銭は彦島で流通している貨幣のようだ。
ハヤテは商売上手だ。
平家の台所番に、魚を売る。
平家一門の命をつなぐタンパク源だ。
俺は雁丸と一緒に商売の一部始終を見ていた。
商売が終わると、雁丸と駆け出した。
空になった籠を背負い、ハヤテは小舟を押そうとする。
「ハヤテ、安徳様が村を見たいそうだ。お忍びで連れて行ってはくれまいか?」
「へ? いいけど。……面白くもないよ」
小舟に乗り込む。水面が近い。
手を伸ばせば水を掬える距離に海面がある。
ハヤテが櫓を押す。水が柔らかく割れて、小舟が滑る。
入江を出ると、潮の色が変わった。
翡翠から藍へ。
白い海鳥が頭上を掠めて飛ぶ。
「この景色、いつまで見てても飽きないな」
俺が言うと、ハヤテは肩越しに笑う。
「飽きるよ。飽きるけど、見ないと死ぬから見る。海は飯だ!」
雁丸が船尾で舵の補助しながら、ぽつりと挟む。
「田の者に言わせりゃ、川は飯だ!」
「どっちも正しい。飯は多い方がいい」
ーーそりゃそうだ。
令和のハンバーガー景品騒動の奴らに聞かせたい。
景品ごときに食べ物を無駄にするなど、許せない!
食べ物は命の元なんだ!
岬を回る。
河口が口を開ける。
川へ入ると、水の色が明るくなった。
――まず、塩浜が見えた。
働く人はいない。
小舟を岸に着けた。
もやいを杭に結んで、さらに上流へ歩いた。
両側に広がるのは、荒れた田。
ひび割れた畦。水のない溝。
雁丸が身を乗り出した。
「これは何だ? 稲が枯れている!」
「ああ、そうなんだ。
……夏の日照りで、水が田に入らなかった。
だから米が実らなかった。そのまま枯れてしまった。
……刈り取る男手もない。
だから、田は幽霊のような枯草で埋め尽くされているのさ」
「なんと! ひどい有様だ!」
雁丸は俺よりこの景色の悲惨さが分析できているようだ。
イケメンを歪ませて、ぶつぶつ言っている。
「ここは見事な田んぼだった。
夏の夕方、風がくると、稲がざざーって。海みたいでさ」
ハヤテの声は軽い。軽いけれど、目は笑っていない。
「去年は、雨が降らなかったんだ。毎日毎日、日照り続きでさ。川は浅くなって、上流も下流も『水が足りねえ』って、大人たちは喧嘩さ。
堰を開けたり閉めたり、みんな怒鳴ってばかりだった。
結局どっちの田もダメ。全滅さ」
小さい藁ぶき屋根の家があった。土間に藁を強いてある。老婆がひとり座っていた。
「ばあちゃーん、何か食った?」
ハヤテが声をかける。
老婆は首を横に振り、目を細くした。
「ハヤテ、何もないよ」
「後で魚のあら煮、持ってくる」
「ありがとよ、優しい子だよ」
「いいってことさ」
細い道を歩いた。
田にも畑にも人影はない。
雁丸がつぶやく。
「こんな春の日は、田植えの準備をするもんだ」
その時、ハヤテが「おーい」と手を振った。
女と子ども、背の曲がった男がいた。
畑の畝を作っているようだった。
「ハッヤテー!」
子どもが手を振り返した。
ハヤテは淡々と話す。
「男は……取られた。平家さまによ」
彦島で徴兵した男たちは、屋島の戦が終わって帰ってこられたのだろうか?
屋島では、鎧兜をつけない下級武士が前線で戦っていた。斬られ射られ、海に落ちた。
その間に、俺たちは唐船に乗った。
平家一門の貴族たちは、その間に沖に避難したんだ。
――あの侍たちは、こんなところから来ていたのか。
小さな小屋にたどり着いた。屋根は藁ぶきだ。
納屋の戸は開けっ放し。中には、空の俵。
底に米粒が三つ。
俺はぎゅっと拳を握った。
――民の貧しさ、言葉にならない。
俺たちの先祖は、こんな空腹に耐えたのか。
不作の年でも理不尽に税を取り立てられ、
戦のために男手を取られても逆らうこともできず。
搾取され、命は軽い。
古井戸をのぞいてみた。つるべの縄が毛羽立っていた。
井戸の底は深かった。水は少しはあるのだろう。
ハヤテが畦道に投げ出された壊れた鋤を拾い、立てかける。
「刃、まだ使える。柄を替えりゃ大丈夫」
「誰が替えるの?」
俺がたずねた。
「残った手だよ。残った手が、残ったものから始めるしかない」
知盛が支配している彦島は、貧しかった。
彦島に着けば安心だと思ったのは間違いだった。
日照り続きで、飢饉。
関東地方はともかく、近畿地方・中国地方・九州地方はどこもこんな有様なのではないだろうか。
農村には、戦を支える余力はない。
俺は、考えた。
平家を滅亡から救うには……20日後の合戦で、とにかく生き延びる。
村に男手を返す。春夏の耕作をしっかり行う。
秋に多くの収穫をする。
そして、腹いっぱいご飯を食べる。
……そして、敵である源氏がまだ戦いをしたいと言ったら、政治手腕で交渉して、戦を避ける。
これだ!
俺がこの時代に送り込まれた理由は、
……ブラック企業で培っためげない力、
粘り強さをここで使ってみろということか?
やってやろうじゃないの!
平家の女たちが笑えるように
農村のおばあさんが笑えるように
まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!