108話 悪七兵衛景清、面が割れる
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
悪七兵衛景清は、青景に来てからどんどん元気を取り戻していた。
長門の浜で舟を売り、馬を買ったあの日――「連れて行ってくれ」と声をかけてきたのが、あの悪七兵衛景清だった。
平家随一の剛力の武将。
屋島の戦いで一躍ヒーローになった人気者だ。
だが落ち武者生活ですっかり痩せ細り、ただの漂泊者にしか見えなかった。
この青景で景清は名を捨て、ひっそりと生きている。
俺も、ハヤテも、そして景清も――お互いに誰なのか察してはいた。
けれど、口に出して確かめることはなかった。
だから俺は、彼を「おっさん」と呼ぶ。
そして景清は、俺を「安介」と呼ぶ。
それで十分だった。
「よし、今日は馬だ」
おっさん――いや景清は、俺たちに馬の乗り方を教えると言い出した。
……もっとも、指導といってもほぼ放置系だった。
「落ちたらまた乗れ。怖いならしがみつけ」
そんな調子で、俺もハヤテも馬と格闘することになった。
ハヤテは軽やかにひょいと飛び乗り、馬を自在に操ってみせる。
俺はというと、鐙に足をかけた時点で心臓がバクバクで、馬に揺られるたびに情けない声をあげていた。
「安介、落ちても死にはせん」
おっさんの笑い声が響く。
その声には、かつての猛将の影はなかった。
ただ、今を共に生きている家族の声だった。
鐙に足をかけるだけで精一杯の俺に比べて、ハヤテはすごい。
小舟を操るだけじゃなく、馬にもひらりと飛び乗ってしまう。
しかも、馬の首筋を撫でながら「いい子だな」なんてやるもんだから、馬まで嬉しそうにしている。
――なんだよ、あいつ。ほんとすごすぎる。
おっさんが見本を見せてくれた。
タッタカ タッタカ
そこへ旅人の一団が現れた。
関所の見張りも素通りさせたらしい。
槍も持たず、鎧も着ず、黒い装束に背負子を背負っている。
四人で行商をしている商人だ。
「旦那、薬はいりませぬか?」
声をかけてきた一人に、景清は馬から降りて眉をひそめた。
「薬……?」
その間に俺は鐙に足をかけ、ぐっと背にまたがった。
「よしっ!」
馬がぐらりと揺れる。慌てて手綱を握る。
「交代な」
ハヤテが口取りをして馬を落ち着かせ、そのまま身軽に飛び乗る。
ひゅっと鞍に腰を下ろした姿が、あまりにも様になっていて思わず見とれた。
――やっぱりハヤテってすごい。
一方で景清は、商人が広げる薬草や薬壺を手に取り、吟味していた。
「代金は……」
その瞬間だった。
シュッと音がして、商人の一人が腰から短剣を抜いた。
「見つけたぞ――景清!」
心臓が止まるかと思った。
「いや……人違いだ。他人の空似じゃ」
景清は涼しい顔で言った。だが刺客の目は血走っていた。
刃が振り下ろされる。
咄嗟に俺は、落ちていた木の枝を掴んで受け止めた。
ガキィン!
雁介との稽古の成果が、俺の腕に宿っていた。
「貸せ!」
景清が叫び、ハヤテの手から手綱を奪う。
ひらりと馬に飛び乗ると、そのまま駆け出した。
「待て!」
刺客が叫ぶ。
土煙の中で、俺とハヤテは立ち尽くしていた。
刺客がハヤテの手をつかんだ。
「あいつの……名前を知っているか?」
「知らない人だよ」
重ねて尋ねられた。
「……景清だろ」
「知らない。全然知らない」
ハヤテの声は震えていた。
俺の胸にも、答えの出ない不安が広がっていく。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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