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10話 屋島から志度の浦 そして彦島へ

ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)は猫を助けようとして死んだ。神様からはスマホが見られるチートを授かり、壇ノ浦で入水する前の安徳天皇に転生する。そこは、平安貴族の優雅な生活を味わいつつも、悲惨な当時の庶民の暮らしを知る。

2度目の死は避けたい俺は、ブラック企業よりはましな今を全力で生き抜く。


~あれ?いつの間にか牛若丸から理想の君主と崇められているんだが~



屋島の沖で源氏の巨大な船団を迎えた。

屋島で多くの味方を失った。

屋島の仮御所や周囲の館は、まだ燃えている。


志度浦しどのうらで態勢を立て直す!」

船から船へ伝令が伝わる。


「船をこぎ出せ、全速だ!」

宗盛の声が、夕凪ゆうなぎの中を響き渡る。


船は夜の海を進む。

振り返れば、屋島の炎はもう豆粒ほどの赤に縮んでいたが、その残光はまだ目の奥に焼きついて離れない。

俺は何度も瞬きをしたが、瞼の裏に炎の御所が浮かんだままだった。


「……もう少しで志度浦しどのうらだ」


船は東へ進路を取り、早潮を斜めにかすめながら帆を張った。

「この時期、二月の瀬戸内は西から東へ強い風が吹く。

普通なら楽に進めるはずが、今日は逆風だ。

……どこまでもついてないな」

知盛とももりおじさんが祖母二位の尼に話しかける。


ええっと、宗盛おじさんが平家の棟梁。

知盛とももりおじさんは平家の2番手だ。

俺、安徳天皇の母徳子の兄弟だ。

いわば、親戚のおじさん。

現代ならば、正月にお年玉をくれる人だ。


海は昨日の暴風の余波で荒れ、うねりが船底を叩く。

そのたびに、俺の胃も揺さぶられる。


「安徳様、顔色がよくない」

 雁丸が紅い衣を肩にかけてくれた。

――ううう。吐きそうだ

――いや、絶対に吐かないぞ!


強がったけど、俺の胃は船の上下運動にもみくちゃにされている。

二位の尼が心配そうに頭をなでたり抱きしめたりしてくれたが、

船酔いは治まらない。


祖母から離れて船べりにもたれた。

雁丸が付き添ってくれる。

しばらく黙っていた雁丸が、ふいに声を潜める。

「……流れを感じるか?」

「感じるって……船酔いで頭ぐらぐらだぞ」

「そうじゃない。戦の流れだ」


 雁丸の目は、海水の流れではなく未来を見ているみたいだった。

「義経は、この先で潮の変わり目を狙ってくる。志度しどで補給するのも、それを読んでのことだ」

「そんな……」

「戦はな、力だけじゃない。剣術も、海の道も、人の心も、潮と同じく流れがある。流れを止めることなんか、誰にもできないんだ」


――くーっ、かっこつけやがって。しびれるぜ!


やっと志度しどの浦の入り江が見えたころ、東の空は白んできていた。

海岸には小さな社と松の並木、浜辺では漁師や海女たちが網を干している。

俺たちの船団が入ると、驚いた顔で立ち尽くした。

小舟に乗り換えて浜に上がった。


すぐに年配の女が声をかけてきた。

「お疲れでしょう、どうぞ火のそばにきて温まりなされ」


石を組んだかまどの焚き火がぱちぱちと爆ぜ、橙色だいだいいろの火の粉が空に舞った。

その上には、大鍋がどっしりと置かれている。

鍋の底をなめる炎が、ぐつぐつと音を立てて中身を煮立たせていた。


漁師が薪を追加して、竹の筒で吹いた。

火は一層燃えあがった。


その側では、年老いた漁師が、慣れた手つきで獲れたての魚の頭を落とし、腹を開いていた。

やがて、魚汁のいい匂いがしてきた。


しかし、完全に船酔いの俺は、差し出される水も食べ物も欲しくない。

ただ、皆の様子を見ているだけだった。

母徳子が心配そうに俺の手をこすってくれた。


湯気の中、女官たちは歓声をあげている。

「丸ごとの鯛よ」

「……生き返るわ」


しかし、休息は短い。

「急げ! 急げ!」

宗盛の命令で、浜に並んだ樽や袋が次々と船に積み込まれる。干魚、米俵、たるに詰めた真水。

――おじの知盛も手伝っている。雁丸も手伝っている。

「そろそろ船出だ!」 


そのころになって、やっと俺の食欲が戻ってきた。

宗盛・知盛おじたちと並んで座って、魚汁をすすった。

一口飲むと、冷えきった体の芯が温かくなった。


隣で母徳子が、袖で口元を隠しながら涙ぐんでいた。

「安徳……よかった……少しでも食べられて。……急な戦で疲れたでしょう。また船旅が始まるらしいわ」


志度しどの人々は黙々と手を貸し、別れ際には深々と頭を下げた。


――もう会うことはないだろう。

――魚汁うまかったぜ。俺はあんたたちを忘れない。

涙が頬を伝った。


負け戦の興奮のせいか

船酔いのせいか……俺は涙もろく感激屋になっていた。


船は再び帆を上げ、今度は西へ大きく針路を変える。

だが、潮はすでに満ちへと向かっている。

東へ流れる本流が船首を押し返す。

――進まないじゃないか!


知盛おじが二位の尼にこぼしている。

「海の潮も風も、我らの進路を邪魔する。

あああ、もう……ついてない!」


俺は完全に船旅が嫌いになった。

船頭や水夫が大声で喧嘩するように話している。

海で生きる男は荒っぽいということがわかる。


風と人の力で安全に船を進めること。

どれだけの経験を積めばできるようになる仕事だろうか。

想像すると、大変なことだ。


船団は瀬戸内海の島影を縫うように進んだ。

狭い海峡に差しかかるたびに、逆巻く渦とぶつかった。


そして、俺はそれからずっと、あの船酔いという魔物と戦うことになった。

胃を取りだして、捨てたいくらいだ。


夜には風が北西から吹き下ろし、頬を切る冷たさだった。

俺は船べりから顔を出し、……魚にエサをやった。

ーー胃の内容物のことだ。


雁丸は酔わないようだ。

「雁丸、彦島まで、あとどれくらい?」

「待ってろ、聞いて来る」


水夫は帆を張る綱を左右に動かし、船の動きをコントロールしている。

「風が変われば二日、変わらなきゃ三日はかかるってさ」

雁丸が短く答える。


ーーうわあ、まじか。

ーー新幹線なら数時間の距離なのに。

―ー飛行機なら数十分。


波しぶきが甲板を打ち、足が濡れる。

そして、濡れた足が氷のように冷えていく。

女官たちは子どもを抱きしめ、裾で包み込んで震えていた。

その中に母上徳子の姿もあった。

俺と目が合うと、かすかに微笑み、唇だけで「がんばれ」と言った。


――母上! 母上こそ……がんばって

血のつながりのない、母上だけど……、

荒れた海での船旅で、俺はこの徳子という人が大好きになった。

優しい……何と言っても言葉が優しい。


そして昼と夜が2回ずつ訪れた夜明け前、ようやく彦島の影が現れた。

朝霧に包まれたその半島は、まるで巨大なドーム球場のようだった。

平知盛とももりの本拠地、堅固な城があると噂の地。


清盛公が博多と大輪田泊、今の神戸で日宋貿易をしたとき、風待ち汐待ちで立ち寄った山口県下関市の彦島。


俺は、覚悟を決めた。

ここが最後の舞台になる。

俺が死ぬのは、30日後の予定だ。

現代の知識で、その歴史を変えられるか???






まだまだ修行中のさとちゃんペッ!です。★やリアクション、コメントをいただけると、嬉しいです。感想もぜひ!よろしくよろしくお願いします!!

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