第13話 5分。
「私はあなたと結婚するつもりはありません。この婚約は破棄しますので、心置きなくその方とお幸せにお暮しください。」
会場がざわつく。
少し離れて部長と副部長が今日も警備の騎士の格好で面白そうに成り行きを眺めているのが見える。
*****
10年間観察したが、この人が変わることは…変わろうとしたことはなかった。
新入生歓迎パーティーには、アヒムはピンクのドレスを着たピンク色の髪の可愛らしい女の子をエスコートして現れた。
私は部長と副部長に説得されて、しぶしぶだがドレスを着て一人で出席した。
お相手の子は私がアヒムの婚約者だと知っているのだろう。わざわざ一人でいた私のところまで挨拶に来てくれたようだ。アヒムにしなだれかかってエスコートされてきたピンクの女の子は勝ち誇ったような目で私を見てきたが…
「いまさら婚約者面するわけじゃないよな?エレオノーレ?」
「はい。アヒム様。そんなつもりはこれっぽっちもございません。」
「アヒム様ぁ、この人怖い。」
アヒムにしがみつくように寄り添う女の子は、それでも上目遣いに私をにらんでいる。
(はあああああああ……)
ため息の後に息を吸い込んで、一気に言い放つ。
「私はあなたと結婚するつもりはありません。この婚約は破棄しますので、心置きなくその方とお幸せにお暮しください。」
「な、エレオノーレ??い…一方的な婚約解消なら、家から賠償金の請求をするからな?」
「アヒム様の家にもうちにも、ここ10年間のあなたの観察日誌をお送りしておきました。この度の、その人との妊娠騒動も書き添えてございます。」
「はあ?」
「何か勘違いされているようですが、うちの侯爵位を継ぐのは、私です。配偶者ではございません。貴方のお子は、ご自分で責任もって育ててください。うちの養子に取ろうなどと…まさか考えていませんでしたよね?」
「え?アヒム様ぁ?どういうことですかぁ?アヒム様が侯爵になるんですよねえ?」
(・・・どんな説明をしたら、そうなるのか?)
「え?待て待て。お前のような不愛想な女と結婚してくれる男は現れないぞ?後悔するぞ?」
「……」
「はい。その辺でいいんじゃない?アヒム君、だっけ?エレオノーレの素敵さに気が付かないなんて、もったいない」
そう言いながら、いつの間にか背後に立っていた副部長が、さりげなく私の手を取って、腰を引き寄せる。黒髪にブルーの瞳。騎士服が似合う。早業だった。
(な……??)
「エレオノーレ、僕と結婚してほしい。いいね。」
「え?先輩?」
「そこは、はい、だよ?」
「あ、はい。」
「じゃあそう言うことで。アヒム君もその子とお幸せにね。侯爵家にも伯爵家にも僕からよく言っておくから。」
「え?」
アヒムがぽかんとして、副部長を見ている。
腕組みしてニヤニヤして見ていたフロレンツィア様が、突然真顔で跪くと、他の本職の護衛騎士の皆さんも一斉に跪づく。
「クリストフ殿下、ご婚約おめでとうございます。」
(え?)
出席していた3年生から歓声と拍手が起きる。キョトンとしていた1.2年生もそれに倣う。
「クリストフ殿下、おめでとうございます!」
・・・所要時間、5分。