第1話 育児書。
「エレオノーレ?今日は何の本を読んでいるんだい?」
「マーサ・フレミングの育児書です。」
6歳になった愛娘にゲルハルト侯爵が執務の手を止めて尋ねた。
来客用のソファーにちょこんと座って本を読んでいる娘は、亡き妻にそっくりになってきた。朝日に煌めく金髪に、夢中で文字を追う青い美しい瞳…。
妻も…本が好きだったなあ…。って…。
「どうして育児書なんだい?」
「だって、お父様、今日は初めて私の婚約者がいらっしゃるんでしょう?初めが肝心ですからね、って乳母が。」
「・・・そうか…。」
まだエレオノーレが幼いころに妻が亡くなってしまったので、娘は私と一緒にいたがった。執務室には妻の蔵書も置いてあったので、出入りを自由にさせてある。娘用の机も用意したが、本を読むのは客用ソファーがお気に入りのようだ。
・・・いつ見てもかわいい。
親戚たちは私に後妻を紹介しようと躍起になったが、断り続けると、今度は娘の婿を探し始めた。まだ6歳だぞ?
遠縁に当たるグスタフ伯爵家の三男坊。アヒム。娘の一つ上。
娘は大人に囲まれて育ってしまったので、年が近いならいい話し相手になるかもな、くらいの軽い気持ちだった。今日は顔合わせを兼ねたお茶会が予定されている。もちろん正式なものではなく、婿候補、だけどね。
私の秘書官も目を細めて、エレオノーレを見ている。
読んでいる本については、もうだれも驚かなくなっているしね。
*****
「で?どうだった?アヒム君?」
「はあ。」
夕食時に疲れ切った顔の娘に尋ねる。
お相手の男の子はアヒム君。ふわふわの明るい金髪の可愛らしい男の子。元気いっぱい。だが、末っ子だけあって甘やかされている感じはした。まあ、まだ7歳だし。うちの娘の一つ年上だが、年相応な…たいへん子供らしく育っているようだ。
「子供は褒めて育てる、と書いてありましたので、些細なことでもとりあえず褒めてみました。」
「ふーーーん。」
「周りの皆さんに、やればできる子だと言われて育った子みたいですね。いつ、なにを、やるのか、要観察ですね。」
「ぷぷっ。そうか。まあ先は長いから、何かあったらお父さんに相談して。」
「はい。」