【第5話】森を癒やし、回復させる
青空に、白い雲がゆっくりと流れていた。
三人旅となってから数日。
リュカたちは次の目的地――「ラルム村」へと到着していた。
木々と川に囲まれたこの村は、本来ならば自然豊かな穏やかな場所のはずだった。
だが、村の空気には張り詰めた緊張が漂っていた。
「近くの森が……腐ってしまったって?」
「ええ。“瘴気”のようなものが広がっていて、魔物も凶暴になっているんです」
村の広場で話を聞いたリュカは、事態の異常さに顔を曇らせた。
話をしてくれたのは、村を守る若い魔術師の一人だった。
赤茶のローブをまとい、額には汗が浮かんでいる。
「魔法剣士や魔術師たちが討伐に向かったんですが……全員、戻ってこられていません。あの森、普通じゃないんです。魔力が飲み込まれる感覚がする……」
エルミナがその言葉に反応する。
「腐敗と瘴気……何か、自然のバランスが崩されてる。これは、ただの魔物じゃない」
「ふふん、だったら私の出番ね」
アウラが腰に手を当てて不敵に笑った。
「雷でごっそり吹き飛ばしてやれば、森ごとき浄化完了ってね」
「森を壊すのはダメだよ!」
「冗談冗談、エルミナちゃんこわ~い」
二人のやり取りを聞きながら、リュカは静かに森の方角を見つめた。
その空には、確かに黒い靄のようなものがたなびいている。
見ただけで、吐き気と重苦しさを覚えるような、魔力の濁り。
(このままじゃ、村は……)
リュカは口を引き結び、決意を固めた。
「僕たちが、行こう」
「リュカ、でも……」
「このままじゃ誰も戻ってこられない。だったら、僕たちがやるしかない。
エルミナ、アウラ。お願い、力を貸して」
「うん……絶対、助けようね」
「まったくもう……いいわよ、お兄ちゃんのお願いだもん。雷撃、全力でいっちゃおっかな~」
三人は村人たちに見送られながら、腐敗の森へと足を踏み入れた。
◆
森の入口を越えた瞬間――
空気が変わった。
「……うっ……」
「臭い……腐った草と、魔素の匂い……」
濃密な瘴気が、足元の葉を黒く染め、木の幹は病のようにひび割れている。
鳥の鳴き声も、虫の音もない。
あるのは、不気味な沈黙と、地の底から響くような低音の唸りだけだった。
「これは……自然じゃない。誰かが、あるいは“何か”が、この森を……壊してる」
エルミナが光の術式を展開し、周囲を浄化しながら進む。
黒い瘴気がふっと晴れ、草がわずかに色を取り戻していく。
だが――
「来るよ!」
リュカの声と同時に、木陰から飛び出した影。
黒く膨れた体、赤い目、泡を吹いた口元。
凶暴化した魔物が三方から突進してくる。
「アウラ!」
「まかせて!」
稲妻が地を裂いた。
天空から降り注いだ雷光が、魔物を貫き、その場に沈める。
だが、それだけでは終わらなかった。
さらに数体の魔物が、腐敗の樹木を破って姿を現す。
瘴気をまとうその姿は、まるでこの森そのものが狂気に染まっているかのようだった。
「数が多い……けど、まだいける!」
リュカが魔方陣を展開し、エルミナとアウラの連携を指示する。
「エルミナ、中央を浄化! アウラ、左から一掃!」
「了解っ!」
「いくよっ、癒光・展開――!」
聖なる光が森の中心に咲き、腐敗の根を焼いていく。
(僕の力だけじゃ、到底届かない。だからこそ――)
「僕には、彼女たちがいる!」
叫ぶようにして魔力を放ち、リュカは魔物を一体ずつ封じていく。
エルミナが癒やしの波で瘴気を吹き飛ばし、アウラが雷撃で道を開く。
三人の力がひとつになったとき、森に確かな“回復”の兆しが現れた。
瘴気が祓われた場所に、風が吹いた。
森の奥から、微かに鳥のさえずりが戻ってくる。
魔物の咆哮も静まり、ただ、木々がざわめく音だけが残された。
リュカは大きく息を吐いた。
「……終わった、のか……?」
「ああもう……疲れたーっ!」
アウラがばたりと座り込み、汗をぬぐう。
だがその顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。
「うふふ……でも、全部癒やせたね。少しずつだけど、森の魔力、戻ってきてる」
エルミナが微笑みながら、手を土に触れさせた。
その指先から生まれた光が、地中へと染み込んでいく。
木々の葉がゆっくりと色を取り戻し、黒く染まっていた蔦が緑に変わる。
命の循環が、確かに再び動き出していた。
「……僕にも、できたんだ」
リュカは、思わず拳を握った。
(僕の召喚。僕の仲間たち。それで……誰かの役に立てた)
初めて“自分の力”が、誰かを救った。
それが、胸の奥にじんわりと温かく広がっていく。
「なーに感動してるの? ほら、帰るよお兄ちゃん。褒められたいでしょ?」
「うん、今日はさすがに“いい子いい子”されても許す」
「どっちが子どもなんだか……」
軽口を交わしながら、三人は森を後にした。
◆
村へ戻ると、広場は歓声で溢れていた。
「戻ったぞー!」
「森の瘴気が消えてる……!」
「魔物の気配もしないぞ……!」
「リュカ様! 本当にありがとうございました!」
子どもたちが駆け寄り、村人たちが深く頭を下げる。
「い、いや……そんな、大したことは……」
リュカが戸惑っていると、エルミナが後ろからそっと手を握った。
「お兄ちゃん、こういうときは、ちゃんと笑っていいんだよ」
「……うん」
リュカは、小さく微笑んだ。
その時、村の長老が歩み寄ってきた。
「このご恩、村として一生忘れません。……そして、もうひとつ、お伝えしたいことが」
「え?」
「今回の瘴気が広がった森の奥地にはな、聖獣が祀られている“古い神殿”があるという言い伝えがあるのです。誰も近づけなかったが……お主らなら、行けるかもしれません」
「聖獣が……祀られてる……?」
リュカは、胸の奥にわずかに響いた“呼び声”のような感覚を思い出した。
エルミナも頷く。
「うん、たしかに。奥の方、まだ何かが……目覚めを待ってるような気がした」
「これはもう、次の目的地決定じゃない?」
アウラがにんまりと笑い、手をひらひらさせる。
「よし……行こう。もっと強くなるために。もっと誰かを救えるように。僕たちの旅は、まだ始まったばかりだ!」
リュカの声に、春の風が応えた。
三人は、次なる神殿へ向けて――静かに歩き出す。
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