【第4話】小さな嫉妬と、新たな日常
「ふぁぁ……いい天気~。なんかもう、戦ったあとって信じられないくらい平和」
アウラが大きく伸びをしながら、春の陽気に身を委ねる。
山道を抜けた先に広がるのは、小さな町だった。
古びた木造の建物が並び、どこか牧歌的な雰囲気を纏っている。
リュカはその景色を見て、自然と笑みをこぼした。
「こういう町、落ち着くな……。今日は少しゆっくりしていこうか」
「やったー!」
「うん、賛成。お兄ちゃん、のんびりしよ?」
エルミナもにこにこ顔で寄り添ってくる。
町の中心にある広場では、ちょうど素人市――フリーマーケットが開かれていた。
色とりどりの布で作られた即席のテントや屋台。
手作りの民芸品、つやつやの野菜、飴細工、手彫りの護符、よくわからない石、そして占い屋の胡散臭い声。
「賑やかだね」
「なんか……田舎の文化祭みたい!」
「文化祭って何……?」
わいわいと話しながら、三人は屋台の間を歩いていく。
と、ふとリュカの足が止まった。
「お……これは……!」
見つめた先には、年季の入った木箱の中に突っ込まれた、ボロボロの書物が数冊。
背表紙は剥がれ、文字もかすれているが――
「魔導書……? いや、違う……手記、かな。図や詠唱式も書いてある……!」
リュカの目が輝く。
「うわ、めっちゃ好きそうな顔してる……」
アウラが呆れたように笑うと、エルミナも小首を傾げた。
「ボロボロじゃない? 読めるの?」
「……いや、ほとんど読めない。でも……男のロマンってやつなんだよ、これは!」
「それ、エルミナにはわからないやつだね」
「むぅ~、そんなことないもん!」
会話を交わしながら、リュカは銀貨一枚を店主に渡し、魔導書の断片を手に入れた。
そのまま三人で露店を巡りながら歩き続けるが――
「ねぇねぇ、さっきからアウラ、くっつきすぎ!」
「えー? 別にいいじゃない。恋人なんだから」
「それ、まだお兄ちゃんが認めてないってば!」
「うわ、また出た“お兄ちゃん”理論。じゃあ妹ポジってこと? 私が奥さんね?」
「ちが――っ、やめて、お兄ちゃんは私のお兄ちゃん!」
「んふふ、取り合いかな? 可愛い妹ちゃん♡」
「ううう~!」
――と、言い争う聖獣ふたりの間に挟まれて、リュカは顔をひきつらせながら歩いていた。
(やっぱり……僕の旅、ぜんぜんスローライフじゃない……)
そのとき。
「わっ!」
アウラとエルミナがちょっとした押し合いをした瞬間、リュカの肘が脇にあった木箱にぶつかり、それががらんと音を立てて倒れた。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
慌てて木箱の中身を拾おうと手を伸ばしたそのとき――
リュカの指先が、ひとつの小さなペンダントに触れた。
くすんだ銀の鎖。古い模様が刻まれた丸い飾り。
けれど、なぜか――心のどこかが騒いだ。
(……これ……なんだろう。妙に、気になる……)
「それ、綺麗だね。……わたし、これ欲しいかも」
エルミナが、珍しくそっとペンダントを手に取り、微笑んだ。
「お兄ちゃん、買ってもいい?」
「うん、もちろん」
リュカが数枚の銅貨を払い、ペンダントはエルミナの首元へ。
それは、まるで長く彼女を待っていたかのように、静かに揺れていた。
日が傾き始め、空が夕焼け色に染まるころ。
三人は市場の端にある屋台で遅めの昼食をとることにした。
「いただきまーす!」
アウラは、串に刺さった焼き鳥を一口で頬張る。
肉汁が溢れ、香ばしい香りが広がった。
「んん~っ! うまっ! やっぱ焼いた肉は最高!」
「お兄ちゃん、はい、これもあーんして?」
「ちょ、エルミナ!? さっき自分で食べてたやつ……!」
「ううん、これは“お兄ちゃんのため”にとっておいたの!」
隣で頬を赤くして照れるエルミナ。
リュカは渋い顔をしながらも、結局それを食べる羽目になった。
(おいしいけど……なんで僕は毎日こうなんだ……)
それでも、どこか心があたたかくなるのは、きっとこの旅が“本物”だからだろう。
市場の片隅では、街の子どもたちが小さなステージで手品を披露していた。
エルミナとアウラは笑い合いながらそれを見守り、リュカはその姿をただ静かに眺めていた。
◇
夜。
三人は町外れの宿屋に泊まった。
こぢんまりした木造の建物。薪の匂いが心地よく、囲炉裏の火が穏やかに揺れている。
部屋はひとつ、ベッドはふたつ。
「私はお兄ちゃんの隣がいい!」
「じゃあ私は反対側がいいな」
リュカは、二人に挟まれるような位置を見つめ、ゆっくりとため息をついた。
「……僕の寝る場所、もう決まってるみたいだね……」
アウラが笑いながら寄りかかり、エルミナも柔らかく微笑んで頷く。
「うん。お兄ちゃんのとなりは、わたしたちの特等席だから」
そうしてぎゅうぎゅうに詰め込まれた夜。
寝息と、穏やかな魔力の波に包まれて、リュカは眠りについた。