【第3話】雷鳴轟く──伝説の聖獣アウラ
空が唸っていた。
黒雲が渦を巻き、雷鳴が何度も大地を叩く。
その轟きは空間そのものを引き裂くようで、昼間であるはずの都市全体が重苦しい闇に包まれていた。
「……まさか、本当に“雷竜の災厄”だなんて……」
リュカは、都市の城門手前に立ち尽くしながら、空を見上げた。
この都市――ラネールは、山間部に位置する交易都市であり、魔術ギルドの拠点もある中規模都市だった。
しかし今、その防壁には大きく裂け目が走り、無数の負傷者たちが避難所に集まっていた。
エルミナがその一人に手を添え、浄化と治癒の魔法で傷を癒していく。
「これは……普通の魔物の爪痕じゃない。魔力の熱が、体内に残ってる」
「雷の……竜、だって……言ってた。上の方で見た、って……」
呻く兵士の声に、エルミナはリュカを見た。
「お兄ちゃん。どうするの……?」
(このままじゃ、この都市は……)
雷は今も、空から容赦なく降り注いでいる。
しかもその魔力は濃く、規格外だった。
(本来なら、ギルドのS級や精鋭部隊が動くレベルだ。でも、応援は間に合っていないらしい……)
ならば、やるべきことはひとつだった。
リュカは、静かに足を踏み出す。
「……行ってくる。僕が、呼ぶよ」
「呼ぶって……まさか、こんなときに“召喚”を?」
「うん。試してみたいんだ。僕の力が……どこまで通じるのか」
エルミナは口を結び、一度だけうなずいた。
「わかった。でも、絶対に無理はしないで。私もすぐ追いつくから」
リュカは軽く笑い、そして、雷鳴の響く山の麓へと駆けた。
──山道の途中、雷撃が何度も大地を焼いていた。
風の匂いすら焦げ、地面には黒く焼け焦げた痕が点々と広がっている。
「この上か……!」
頂を目前に、リュカは立ち止まった。
空間が――“揺れている”。
轟音とともに、雷の塊が尾を引きながら地上を薙ぎ払った。
一瞬遅れて、天地が悲鳴をあげるような振動が広がる。
(強い。こんなにも、圧倒的な力……!)
けれど、その“向こう”にある気配を、彼の中の何かが察知していた。
(……これは、敵じゃない。違う。むしろ……)
リュカは、静かに手を広げた。
雷雲の轟く空の下、魔方陣が展開される。
「我が名はリュカ・アーデル……この声に応えよ。天を駆ける者よ、雷を統べる者よ……今ここに、その姿を示せ!」
魔力が奔流のように放たれ、雷の音と共鳴するようにして光が走った。
そして、雷鳴が一度だけ止む。
次の瞬間、空を裂いて――
一頭の巨大な影が、空から舞い降りてきた。
黄金の鱗をまとい、長い尾を風に絡ませ、翼を広げたそれは、
まさしく、伝説の雷竜――アウラだった。
地を割るような咆哮が響く。
その目が、まっすぐリュカを捉える。
だがその瞳に宿っていたのは、敵意ではなかった。
「……この魔力、なんなの……? ふふっ、やだ……なんか、すごく好き……」
その声は、意識の中に直接届いた。
そして――アウラの身体が、光に包まれる。
次に現れたのは――
金髪ロングの少女だった。
豊かな髪は陽光のように輝き、瞳は雷を映したような鮮烈な琥珀色。
衣は雷を象った装飾があしらわれた軽装で、その身のこなしは猛獣のような野生を秘めていた。
「ん~、ひさしぶりに動いた気がする……!」
少女――アウラは大きく背伸びをして、満足げに息を吐く。
「……あなたが、呼んだの?」
「あ、ああ……その……雷が都市を襲ってて、それで……」
リュカは戸惑いながらも、アウラから感じる“何か”に、抗いようのない引力を覚えていた。
(すごい……。さっきまでの暴れっぷりとはまるで別人だ)
「ふふっ、へぇー……この魔力、本当にあなたの?」
アウラはリュカの胸に手をあて、魔力の波長を確かめるように指先を滑らせる。
「ちょ、ちょっと!?」
「へぇ……なにこれ、心地いい……ふふっ、ねぇ、あなた、面白いわね。気に入っちゃった!」
アウラは金髪をなびかせながら、リュカの腕を抱いたままくるりと身を寄せた。
「ふふっ。あなたの魔力、なんだか落ち着くの。ずっとそばにいたくなっちゃうわ」
「あ、ありがとう……?」
リュカが戸惑い気味に答えると、すぐさま別方向からぴたりと密着してくる影が。
「お兄ちゃん……? 誰、この女の人」
エルミナだった。
やや不満げな顔をしながら、リュカの反対側の腕にしがみつく。
「あら、“お兄ちゃん”って呼んでるの? じゃあ私は……うーん、恋人ってことでいいかしら?」
「はああ!?」
リュカとエルミナの声が見事に重なった。
「お、お兄ちゃんには、そういうの早すぎるの!」
「いいじゃない。だって運命感じちゃったんだもん、雷でズキュンと」
「ズキュンて……ちょっとアウラ、距離っ、近いっ……!」
混沌とするその場に、突如、兵士たちの怒声が響いた。
「いたぞ! あの雷竜を見たという通報が!」
「お、おまえたち! 雷を呼んだ犯人はおまえらか!」
――そうだった。
リュカは深く息をついた。
「……とにかく、まずは都市の人たちに謝らないと」
「えっ? お兄ちゃん、行くの?」
「当然だよ。巻き込まれた人も多い。僕が呼んだんだから、責任は僕にある」
そう言って、リュカは山を下り、ラネールの市庁舎――都市を管理する貴族館へと向かった。
◆
応接室でリュカが頭を下げると、老齢の貴族が困惑顔で彼を見た。
「つまり……君がこの災厄の“雷竜”を呼び出し、今は従えていると?」
「はい。厳密には……懐かれてしまって……今後、共に旅をしながら見守るつもりです」
「馬鹿な……そんな、伝説の聖獣が従うなど……!」
言い終わる前に、リュカは窓際へと向かった。
「じゃあ、見てください」
そう言って、窓を開ける。
すると、金髪の少女――アウラが外で待っていた。
「アウラ、お願い」
「はーい」
返事と同時に、アウラの身体が雷光に包まれ、瞬く間に黄金の雷竜へと変化する。
都市の上空に、その巨体が再び現れる――が、今度は一切の雷も放たず、ただ静かに羽ばたいていた。
一同が騒然とする中、アウラは再び人型に戻り、窓から軽やかに舞い降りて、リュカの背後にピタリとつく。
「ほらね? ちゃんと可愛くて、賢くて、強くて、恋人にも向いてる聖獣なのよ?」
「……だ、誰が恋人だよ……!」
リュカが真っ赤になりながら頭を抱えるのを、アウラは楽しげに笑っていた。
◆
その後、街中に出たリュカたちは、傷を負った住民たちに謝罪と回復支援を申し出た。
「私が、全部癒やすから……待っててね!」
そう言ったのはエルミナだった。
彼女は一人ひとりの前にしゃがみこみ、小さな手を差し出して、ひとつずつ回復魔法を使っていく。
切り傷、打撲、雷による火傷。
どれも彼女の癒やしの光が包み込み、瞬く間に治っていった。
「すごい……!」
「ありがとう、聖女さま……!」
人々は目を潤ませ、何度も頭を下げた。
エルミナの青い瞳が、そっとリュカを見た。
(お兄ちゃん……この旅、きっと意味があるね)
リュカもまた、小さくうなずいた。
雷が過ぎ去った空に、虹がかかっていた。
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