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【第2話】聖獣エルミナと、歩き出す旅

リュカ・アーデルは、目の前で笑う聖獣――エルミナを見つめながら、不思議な気持ちに包まれていた。


(どうしてこんなにも、自然に……隣にいてくれるんだろう)


かつて、アルステリアの訓練所で何度か聖獣を召喚したことはある。

だが、どれも使命を終えればすぐに姿を消してしまった。

それが当然のことだと思っていた。


けれど、エルミナは違った。


聖獣の本能に導かれて現れた彼女は、初対面のリュカを見た瞬間からずっと傍にいる。


「ねぇ、お兄ちゃん。あれも手伝っていい?」


「お、お兄ちゃん……?」


「うんっ。だって……そのほうが、しっくりくる気がするんだもん」


くるくると笑う彼女に、リュカは頬をかきながら曖昧に頷いた。


(懐かれてる……のか?)


エルミナは、村人の間でもすぐに人気者になった。

人間の姿を取ってはいるが、神聖な気配と凛とした立ち居振る舞いは、誰の目にもただ者ではないと伝わった。


「ほれ、お兄ちゃんも! この畑、一緒にやろ?」


「……いや、“お兄ちゃん”じゃなくて、“リュカ”で……ってもう引っぱらないで!」


そんなやりとりを繰り返しながら、リュカとエルミナはリーヴェ村で数日を過ごした。


畑の整備、村の古井戸の浄化、小さな怪我の治療――

エルミナの魔法は「癒やし」と「浄化」に特化しており、病気がちだった子どもが元気を取り戻したこともあった。


そのたびに村人たちは感謝し、エルミナは嬉しそうに微笑んだ。


「ねえ、お兄ちゃん。わたし、この村好きだなぁ。優しい人がいっぱいで、空も綺麗で、風も気持ちいい」


「……そうだね。僕も、こんな風に誰かの役に立てたの、たぶん初めてだよ」


リュカの言葉に、彼女は嬉しそうに瞬きをした。


だが、ある夜。


ふたりが村の焚き火の前で腰を下ろしていたとき、

長老のひとりが語った言葉が、彼らの旅に新たな風を吹き込んだ。


「昔話じゃがのう、この世界には、まだ目覚めぬ聖獣たちが眠っとるのじゃ。人々に忘れられ、神殿や森や海の底で……」


「目覚めぬ……聖獣……?」


焚き火の橙色の明かりが、長老の顔に影を作っていた。


「伝承じゃ。今の世には滅多に姿を見せぬが……“選ばれし者”にだけは、応える存在もある、とな。おぬしが呼び出したその娘も、もしかすれば……その始まりかもしれんのう」


静かな語りは、夜の闇に吸い込まれるように響いた。


リュカは、そっと隣に座るエルミナを見た。


彼女は静かに、けれど確かにうなずいていた。


朝靄が立ちこめるリーヴェ村に、旅立ちの鐘が響いた。


村の入り口、石畳の小道の前に、リュカとエルミナが立っていた。

背中には少し膨らんだ荷袋。食料と簡単な装備、村人たちがくれた手作りの護符が収まっている。


「ほんとうに、行ってしまうのかね?」


老いた村長が、少し寂しそうな笑みを浮かべた。


「はい。でも、また必ず立ち寄ります。エルミナも一緒に」


「ふむ。ならば、約束じゃな。おぬしらのような者が、外の世界に希望をもたらす……そういう予感がするのじゃ」


「……ありがとうございます」


リュカは深く頭を下げた。

その隣で、エルミナも嬉しそうに頭をぺこりと下げる。


村の子どもたちが、手を振りながら駆け寄ってくる。


「リュカお兄ちゃんー! また来てねー!」


「エルミナお姉ちゃん、わたしの風邪なおしてくれてありがとー!」


「うん、元気でね!」


エルミナは膝をついて、子どもたち一人ひとりの頭を優しく撫でた。


「また来るね。元気でいるんだよ?」


彼女の瞳には、名残惜しさと優しさが混ざっていた。


やがて見送りの声が遠ざかり、森の入り口へと続く小道に差しかかる。

朝の陽光が、木々の隙間からこぼれ、二人の旅路を照らしていた。


リュカは足を止めて、ふと空を見上げた。


(僕は、ほんとうに“召喚士”になれるのだろうか)


自信はなかった。

けれど、傍らにいるこの少女――エルミナの存在が、それを支えてくれている。


「ねぇ、お兄ちゃん」


背後から届いた柔らかな声に、リュカは振り返る。


「うん?」


「わたしね、これからいろんな場所を旅するの、ちょっと楽しみなんだ。知らない森とか、風の匂いとか、人の笑顔とか……全部、あなたと一緒に見たい」


リュカは一瞬、言葉に詰まった。

そして、ゆっくりとうなずいた。


「うん、僕も。……君がいてくれて、よかった」


エルミナの頬がふわりと赤く染まる。


「えへへ……もっと懐いてもいい?」


「えっ、それ以上!?」


そんな軽いやりとりを交わしながら、二人は森の中へと歩みを進める。


誰もまだ知らない、聖獣たちとの出会いが待つ旅路へ――


その背中を、春風がそっと押していた。

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