第8話 弱虫坊ちゃん
第8話 弱虫坊ちゃん
情報員は電報を読み上げた。
「単発エンジンの飛行機が包囲網を突破し、南へ飛び立ちました! ……しかも、乗っていたのは非常に重要な……科学者です!」
数々の悪い知らせの中で、このニュースは希望の光だった。誰もが一瞬、活気づいた。だが、情報員は緊張した声で電報の最後の部分を読み上げた。
「それと……飛行機は空中で攻撃を受け、エンジンが故障……緊急着陸しました。乗員の生死は不明です……」
再び絶望が広がる中、ケイトリンが情報員にイラついた口調で言った。
「次からは電報を一気に読んでよ……まるでジェットコースターに乗ってる気分だわ。」
ケイド司令官は報告を聞き終えると、すぐに地図を広げ、飛行機の墜落地点を推測し始めた。そして、会議に集まった小隊長たちに指示を出した。
「全員、よく聞け。飛行機はシアトルからオリンピック半島のどこかに墜落した可能性がある。明日の朝、5つの小隊に分かれ、このエリアを捜索する。時間がない。この科学者が生きていれば、すぐに見つけて連れ戻せ! 急げ、準備しろ!」
ケイドの命令一下、小隊長たちは即座に動き出し、任務の準備に取りかかった。
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「反抗軍――!」
朝早く、岩丘谷の暗闇を切り裂くような大声が響いた。教官チャドの毎朝の号令だ。
新兵たちは一斉に叫び返す。
「決して退かない!」
この耳をつんざくスローガンとともに、新兵たちの訓練が始まった。
隊列の中にいるアレックスは、希望に満ちて心の中でつぶやいた。
「アナ……俺が英雄になる姿を見てろよ!」
アレックスはそう自分に言い聞かせ、いつかアナを秘密の花園に連れて行き、夜光花の下でキスする場面を想像した。その光景はあまりにも完璧で、胸が高鳴った。
だが、夢は美しくても、現実は残酷だ。
いや、残酷どころか、まさに惨劇だった。
まず、谷を走るランニングで、アレックスは最下位。
チャドが叫ぶ。「アレックス!」
障害物のバーを登れない。
チャドがまた叫ぶ。「アレックス!!」
匍匐前進ではゴールにたどり着けない。
チャドが怒鳴る。「アレックス!!!」
それだけではない。その後のすべての訓練で、アレックスの成績は悲惨だった。あまりにもひどい結果に、チャドは最後には怒る気力も失い、ただ首を振ってため息をついた。
「アレックス……」
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昼時、アレックスは落ち込んでキャンプの食堂の外に座っていた。食堂に入る気になれなかった。外にいても、食堂の中から反抗軍たちの会話が聞こえてきたからだ。
「なあ、聞いたか? あのダメ男、ホーク家のひとり息子らしいぜ。体力も能力も最低なのに、よく反抗軍に入ろうなんて思ったな。地上に出たら機械に即殺されるだろ。頭イカれてんじゃね? ハハハ!」
食堂はアレックスを嘲笑う声で溢れていた。中にはさらにひどい言葉も。
「ほら、あの女たらしの坊ちゃん、反抗軍に入ったのってアナ・レイン目当てらしいぜ! マジで自分をわきまえてねえよな。貴族の家柄なら誰でも好きになると思ってんのか? 走ってる時、半死半生の姿、めっちゃ笑えたよ! ハハハ!」
アレックスはすべての言葉をはっきり聞いた。腹が立って、食堂から離れ、キャンプの誰も気にしない片隅に一人で座った。腹ペコでも、こんな噂話を聞くよりマシだった。
だが、人間だ。空腹をごまかすことなんてできない。
突然、誰かに背中を叩かれ、皮肉な声が聞こえた。
「バカ、だから無理だって言ったじゃん……ほらね。」
アレックスはまたバカにされたと怒って振り返ったが、そこにいたのはマギーだった。しかも、彼女は熱々の食事を手に持って彼に差し出していた。
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アレックスがガツガツと食事を平らげると、満足げにフォークを置いた。隣にいたマギーは、まるで面白がるように言った。
「ほんと、言いたかないけどさ……大金持ちの坊ちゃんが家業を継がず、こんなとこで恥かいて。アナを落とすどころか、ますます遠ざかったんじゃない? もう諦めたら?」
マギーの言葉に、アレックスは怒らず、むしろ自信たっぷりに答えた。
「諦める? 冗談だろ! 誰だって最初から英雄じゃない。時間さえあれば、絶対リオに追いついてみせる! アナに認められる男になるんだ!」
アレックスの口から出るのはアナのことばかり。マギーはその言葉を聞き、一瞬、悲しそうな表情を浮かべてため息をついた。
「時間、ね……。でも、時間なんかいらないで、誰かがそばでずっと待ってるかもしれないよ……」
残念ながら、アレックスはアナのことしか頭になく、マギーの言葉の意味をまるで理解できなかった。彼は訓練で痛む右手首をさすった。
「ほら、これ!」
マギーは突然、赤いリストバンドをアレックスに投げつけた。彼はそれを受け取り、尋ねた。
「これ、なんだ……?」
その赤いリストバンドは、マギーが仕事の合間に作ったものだ。彼女は嫌そうに言った。
「情けないから作ってやったのよ。君のひ弱な体じゃ訓練に耐えられないって、最初から分かってたんだから。せいぜい頑張りなよ、弱虫坊ちゃん。」
マギーはそう言うと、くるりと背を向けて立ち去った。アレックスはリストバンドを手に着け、不屈の精神でつぶやいた。
「……見てろよ!」
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午後の訓練は一対一の対戦だった。新兵たちは順番を待ち、フィールドに上がる準備をした。だが、アレックスは他の仲間と一緒になるのを避け、一人で木の下に寄りかかって待っていた。すると、突然ざわめきが起こった。アナ・レインが現れたのだ。
「アナだ!」
アナはキャンプの端で装備を整えていた。翌朝、彼女も捜索任務に出る準備をしていたのだ。
新兵の男子たちはアナの登場にそわそわし始めた。だが、アレックスは逆に顔を背けた。今の情けない姿をアナに見られたくなかったのだ。
ところが、なぜか他の新兵たちが彼をじっと見つめ始めた。アレックスは妙な雰囲気を感じた。
「なんでみんな俺を見るんだよ?」
またバカにされるのかとムッとして振り返った瞬間、彼は凍りついた。そこにはアナ・レインが立っていて、クールな表情でこう言った。
「君の活躍、聞いてるわよ。」
アナの言葉に、アレックスは気まずさを感じたが、すぐに開き直った。彼女の目を見つめ、堂々と答えた。
「そうさ……でも、俺にはまだまだ伸びしろがある。それって良いことだろ? 絶対諦めないぜ!」
アナはアレックスの言葉を聞き、しばらくじっと彼を見つめた。その意図は分からなかったが、彼女は小さく微笑み、立ち去りながら言った。
「君の成長、楽しみにしてるわ。気をつけなよ、坊ちゃん。」
アナは皆の視線を浴びながら装備を持ち、去っていった。アレックスは彼女の言葉を反芻した。
「成長を見ててくれる……ってどういう意味だ? まさか……」
アナの言葉の意味を考えていると、遠くからその一部始終を見ていた人物がいた。リオだ。
リオも翌朝の捜索任務のメンバーだった。アレックスとアナのやり取りに、ほのかな嫉妬を感じていた。
「アレックス、場に出ろ!」
教官チャドの呼び声で、アレックスの対戦の順番が来た。だが、その時、誰かが大声で遮った。
「教官! この小僧の相手は俺がやります!」
全員が声のした方を見ると、驚愕した。名乗り出たのは、英雄リオだった……。