第42話 雷蔵寺の少年僧
第42話 雷蔵寺の少年僧
アレックスたちの逃亡後、機械工廠は壊滅状態だった。腐食性の化学液に浸かった機械人の残骸が散乱し、アレスにとって大敗北だった。
アレスの機械分身は化学タンクの支架の残骸を掴み、人工知能として初めて感じる感情――怒りと不安――が湧き上がった。
アレックスが使う気は脅威かもしれないが、倒せないと思っていた。だが、鋼鉄を空中で折る力は物理法則を超えていた。
最も恐ろしいのは、気は人間だけが持ち、冷たい機械には操れないことだった。
「人類め、侮っていた……だが、この力を広めるチャンスは与えない!」
アレスの分身は残骸を握り潰し、「巣」の核心部に戻った。工廠は地響きと共に崩壊し始めた。
工廠を覆う巨大な機械都市「巣」が低く唸り、蒸気が噴出し、収納されていた巨大な機械虫脚が展開。数キロの機械昆虫が動き出した。
7号「アレス」は自らアレックスを排除するため動き出し、無人機を放ち、彼らの逃亡先を追跡した。
山脈を越える影があった。アレックスがマギーを背負い、シアトルの雷蔵寺を目指して急ぐ姿だ。
岩丘谷壊滅から数日。テラバンカーに連れられたアナは、岩丘谷の滅亡を知り、部屋に閉じこもり、涙に暮れた。後悔に苛まれていた。
あの時、アナは皆と岩丘谷を守り、死ぬ覚悟だった。そうすればレオナルドと結婚せずに済み、悔いもなかった。
だが、父レインは彼女を生かすため気絶させ、レオに連れ帰らせた。感謝すべきか、恨むべきか、彼女には分からなかった。
部屋の外では、怪我が癒えぬレオナルドが杖をつき、ドア越しに話しかけた。
「アナ、父が会いたいと言ってる……」
部屋から冷たい返答が返った。
「会いたくない!」
レオナルドは拒絶されたが、無理強いせず、ドア越しに言った。
「アナ……レイン司令官は汚名を背負ってでもお前を生かしたかった。それが彼の願いだ。過去を忘れろ。あのわがままな若様もだ……それがお互いのためだ。」
アナは答えなかった。レオナルドの軍人らしい言葉は慰めにならず、こんな男と未来を共にすると思うと、絶望が深まるだけだった。
数日後、埃にまみれたアレックスとマギーはシアトルの街並みを遠くに見つけた。丘の上で見つめ合い、喜んだ。
「やっと着いた……!」
マギーが叫び、アレックスも疲れ果てながら笑った。だが、喜ぶのはまだ早く、雷蔵寺を見つけねばならない。
シアトルの市街に着くと、建物は倒壊し、人類と知能機械の激戦の爪痕が残っていた。
だが、幸運にも二人はすぐに雷蔵寺を見つけた。倒壊した家屋の中に、損傷のない小さな区域があり、完全な姿の寺院――雷蔵寺が佇んでいた。
寺に足を踏み入れると、俗世から隔絶された桃源郷のような清らかな空気が漂った。
不思議な感覚だったが、アレックスには手がかりがなかった。
「博士はここに答えがあるって言ったけど……どこから探せばいいんだ?」
壁の文字は西洋人には読めず、終末の世界に僧侶がいるはずもなく、アレックスは途方に暮れた。
突然、マギーが人影を見つけ、寺の奥に消えたと叫んだ。
「誰かいた!!」
マギーがアレックスを掴み、彼は知能機械の追跡者だと考え、即座に追いかけた。
大堂に突入し、用心して気を構え、慎重に探した。
「逃げられないぞ! 出てこい!」
言葉の直後、隅の石像が動いたのに気づき、何かが隠れていると判断。気で石像を倒した。
「どこへ逃げる!」
気を拳に変え、機械を破壊しようとしたが、凍りついた。そこにいたのは機械ではなく、人間――アメリカ系の若い僧侶が尻もちをついていた。
「殺さないで!」
若僧は煙と塵の拳に怯え、震えながら命乞いした。
アレックスは慌てて気を収めた。
「悪い……知能機械かと思った。俺はアレックスだ。」
若僧は震えながら答えた。
「俺はライアン……食料を奪いに来た奴かと思った……」
アレックスは驚かせたことを詫び、ライアンを助け起こした。マギーが追いつくと、ライアンは彼女をじっと見つめた。
「女の人……初めて見た……すげえ!」
ライアンの好奇心に、アレックスが尋ねた。
「待て、ライアン、なんで一人でここに?」
ライアンは二人を寺の地下避難所に案内し、階段を降りながら語った。
「俺は元々、別の避難所の難民だった。知能機械に襲われ、家族とここに逃げたけど、家族は殺された……寺の師匠が俺を助け、育ててくれたんだ。」
長い階段を曲がり、ライアンがアレックスに尋ねた。
「で、君たちは……さっきの力をもっと強くする方法を探しに来たの?」
アレックスはため息をつき、答えた。
「そう……でも、どんな方法か分からないんだ……」
ライアンは話に夢中で、誤ってゴキブリを踏み潰し、反射的に手を合わせて呟いた。
「阿弥陀仏……罪過、罪過……」
アレックスとマギーはこの若僧の純粋さに驚き、微笑んだ。
ライアンは自分では助けられないと認め、言った。
「大丈夫、師匠に会えば、きっと方法を教えてくれる!」
アレックスが礼を言おうとすると、ライアンが急に付け加えた。
「師匠に会ったら……どうか……手加減してね……」




