第10話 第6小隊
第10話 第6小隊
数日の訓練を経て、アレックスは少しずつ進歩していた。たとえば、ランニングでは最下位ではなく、ブービー賞に上がったのだ。
だが、最も大きく変わったのは、他人の冷やかしや陰口を気にしなくなったことだ。彼は吹っ切れていた。
「俺が坊ちゃんでも、なんだってんだ?」
誰かが背中でバカにしても、聞こえないふりをした。どうせ慣れたものだ。嫉妬される家柄だと思えば気が楽だった。
それでも、言葉だけでなく、直接いじめてくる者もいた……。
昼時、新兵たちが岩丘谷を一周するランニング訓練を終えてキャンプに戻った。アレックスは最下位を脱したことに大喜びだった。だが、振り返ると、最下位の少年ニックが真っ青な顔で、いつ倒れてもおかしくない様子だった。
ニックはアレックス以外で最もいじめられていた新兵だ。痩せっぽちで小柄な彼は、いつも悪ガキたちに狙われていた。アレックスでさえ、近づかない方が賢明だと感じていた。
「アレックス、振り返るな! 最下位になりたくないだろ。放っとけ!」
アレックスは自分にそう言い聞かせた。せっかく最下位の笑いものから脱却したのだから。
だが、フラフラで倒れそうなニックを見ると、アレックスはどうしても無視できなかった。彼は振り返り、ニックを支えた。
「……大丈夫か?」
ニックは青ざめた顔を上げ、弱々しく答えた。
「大丈夫……気にしなくていいよ……」
そう言いつつ、ニックは体がぐったりして立てなかった。アレックスは迷わず彼を背負い、反抗軍キャンプまで運んだ。
ニックは弱々しくアレックスに言った。
「こんなことしたら、絡まれるよ……俺を下ろして……」
アレックスは笑って答えた。
「そんなの怖くねえよ! どうせ陰口には慣れてる。気にしてねえ!」
ニックは不思議そうに尋ねた。
「……なんで俺を助けたんだ?」
アレックスは少し考え、気取ったふりで答えた。
「さあな……この前、最下位だった俺を思い出したからかな! ラッキーだったな、お前!」
ニックは弱々しくも心からの笑みを浮かべた。
アレックスがニックを背負ってキャンプに戻ると、何人かは拍手して見直した様子だった。だが、クロードとウィリーのような連中は軽蔑の目を向けた。彼らはアレックスのような貴族の息子や、ニックのような弱者を毛嫌いし、いつも絡むチャンスを伺っていた。
アレックスがニックを背負って最後尾で戻ったことで、二人に格好の機会が訪れた。
アレックスがキャンプに着いた瞬間、ウィリーがわざと足を引っかけ、アレックスとニックは地面に叩きつけられた。
「ハハハ、バーカ!」
クロードとウィリーは大笑いして立ち去ろうとした。アレックスはすぐに立ち上がり、二人の前に立ちはだかった。
「てめえら、なんのつもりだ?」
アレックスは二人をにらみつけたが、ウィリーは体格で勝ることをいいことに、近づいて挑発した。
「貴族のガキが何だよ。俺たちはお前が気に入らねえんだ。訓練の成績も最低なのに、なんで家でいい子ちゃんやってねえんだよ!」
アレックスは薄く笑い、体の大きさなど気にせず拳を握った。
「なんだ? ケンカ売ってんのか、坊ちゃん!」
ウィリーがそう挑発した瞬間、声が響いた。
「やめなさい! 全員、集合!」
教官チャドが騒ぎに気づき、衝突を止めた。クロードとウィリーは渋々立ち去った。
アレックスもこれ以上騒ぎを大きくしたくなく、ニックを起こした。だが、チャドが近づき、ニックを支えるアレックスを見て言った。
「人の能力に高低はある。だが、良い人間になれなきゃ意味がない。お前……意外とやるじゃねえか、坊ちゃん!」
チャドは微笑んで立ち去った。アレックスはそれが褒め言葉なのか、よく分からなかった。
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反抗軍の新兵全員がキャンプ中央に集まった。教官チャドは一人一人を見回し、厳粛に口を開いた。
「地上からの情報によると、数日前に派遣した捜索チームが、同一人物を追う『巣』と遭遇した。彼らは動けず、隠れるしかなかった。だが、捜索対象の人物は人類にとって極めて重要だ。検討の結果……新兵でチームを編成し、捜索任務を続行する。まず聞く……志願者はいるか?」
この知らせに、新兵たちはざわついた。誰も名乗り出なかった。反抗軍に入ってわずか数日、訓練も不十分で、武器の扱いも慣れていない。地上に出れば、機械軍に立ち向かうどころか、自衛さえ危うい。
「強制はしない。この任務は全員が生きて帰れる保証はない。だが、極めて重要だ。」
チャドが厳しい現実を突きつけると、なおさら誰も動かなかった。
ざわめきの中、突然、一人が手を挙げた。
「俺、行きます!」
全員が声の方向を見た。驚くべきことに、それはアレックスだった。
アレックスは堂々と人群から進み出た。後ろで囁く声が聞こえた。
「マジかよ……坊ちゃん、死ぬ気か? 頭おかしいんじゃね?」
アレックスはそんな声など気にもしなかった。彼の頭にあるのはアナ・レインのことだけ。
「アナが危険な目に遭ってる……俺が見ず知らずでいられるか!」
アレックスはそう自分に言い聞かせ、チャドの前に立った。チャドは驚きながら尋ねた。
「本気で行く気か?」
アレックスはきっぱり答えた。
「はい! 行きます!」
チャドは驚きつつも感心した。すると、突然、新兵ではない人物が名乗り出た。
「俺も行きたい!」
それは、反抗軍に採用されなかったマックスだった。彼は装備の整備作業を中断し、チャドの前に進み出た。
「正式な反抗軍にはなれなかったけど、キャンプには長くいる。武器の扱いならバッチリだ。親友と一緒に任務に出てみたい!」
アレックスとマックスは互いを見やり、友情が言葉を超えて伝わった。
チャドはマックスの勇気にも感心したが、チームにはあと8人が必要だった。だが、誰も名乗り出ない。
その時、弱々しい声が響いた。
「俺も行きます!」
先ほどまで弱っていたニックが、アレックスの行動に勇気づけられ、立ち上がったのだ。さらに、ニックの勇気が、他のいじめられっ子たちにも火をつけた。新兵の中で成績の悪い者たちが次々と名乗り出た。
「俺たちも行きます!」
彼らはチャドの前に並んだ。成績は最悪でも、チャドの目には全員が勇者だった。
「よし! お前たちが第6小隊だ!」
チャドの宣言で、ようやくチームが揃った。アレックスを筆頭に、まるで落ちこぼれの集まりだったが、人類の未来は彼らの手に委ねられた。