2話「手紙」
【黄金の大樹に守られし王へ】
自分で書くとは言ったけれど、手紙って案外難しいのね。
インクはしょっちゅう垂れてくるし、綴りは思った以上に間違うし。
ああやだ、インクが垂れたわ。
……まあこのくらいのシミなら、読めるでしょうよ。
それでは王様、また次の手紙で
【きっと飽食の罪を存分に堪能している王へ】
食事が冷たいのは何とかならないのかしら。
暖炉の火で温められると思う?
何を食べても氷の味しかしない亡国の王女より
【世界一快適な部屋をお持ちの王様へ】
死ぬかと思ったわ。もう一度言います、死ぬかと思ったわ。
使用人たちはこんな危ない家具をどうやって使いこなしていたの?
――いえ、べつに答えを求めているのではないのだけれど。
今回の原因は、薪の入れすぎだと思うの。
だってまさか、薪を入れれば入れるほど炎が小さくなって――ああ、あれが空気ね。
科学を体感する亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
窓から鳥が飛んでいくのが見えたわ。
あの黒い鳥、なんという名前だったかしら。
どこから来たのかしら?
――な~んて考えている合間に、大樹に止まったわ。
葉も枝も、朝焼け色に照らされてきらきら金色に光ってお綺麗ですこと。
今は亡き銀の大樹の王女より
【白銀の大樹の影を見た王へ】
ジオラスのお姉さまから、なにが届いたの?
以前のお姉さまだったら、首桶が3つくらい届いてもおかしくはないけれど、
お姉さまも丸くなりましたからねぇ。
まあ、何はともあれお姉さまのお怒りを存分に受けてくたさいませ。
高みの見物をするハルンの第三王女より
【ヘビイチゴをたらふく食べていた王へ】
あれから1年も経ちまして、わたくしこの塔がすっかりお気に入りになったことをご報告します。
毎朝、清らかな朝の光をまぶたに落としてくれる西向きのちいさな窓(格子いり)。
使い勝手のいい家具だけを揃えた修道女のように慎ましい室内。
1日3回、鉄製の扉……の下部につけられたちいさな扉から、にぎやかな音を立てて供される風味豊かなお食事。
あとは……なんだったかしら。
まあ、わたくしは存外この生活に馴染んでおりますことだけをご報告いたしますわ。
鳥の持ってきてくれた実を食べてお腹を壊した王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
あの馬鹿げた紙切れはなに?
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
朝に手紙を出したばかりですけれど、またお手紙ですわ。
黄金の大樹の王様。
わたくしにくださるものは、1日3回の食事と2日に1回の大きめのたらいに入ったお湯。
石鹸とローズマリーの精油。
清潔なタオルや動きやすい衣服、たまに新しい本と百枚綴りの紙やインクでけっこうです。
高価なドレスも、各地の美味なるものも、各国の現状もなにも要りません。
ああ、でもね。一つはあったわ。
手紙の返事くらい、自分で書いたらどう?
それともまだミミズののたうち回るような文字しか書けないのかしら。
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
三食オートミールはやめてくれませんこと?
亡国の王女より
【ミミズから真四角に成長した王へ】
上記の通り、わたくしとっても驚きましてよ!
あんなに何遍も教えても、爪の先ほども成長しなかったのに。
まあ過去を振り返ることはこれくらいにしましょう。
あなたが綺麗な字で教えてくださったお姉様へのお手紙の返事ですけれど、
「ごめんなさい」と返してください。
いつまでもいつまでも愛していますわ、お姉さま。
わたくしのことはもう死んだものだと思ってください。
永遠にお姉さまの妹であるハルンの第三王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
びっくりした。ええ、本当にびっくりしたこと。
あなた、すこし痩せたのではない?
またハルバだけ除けて食べているんじゃないでしょうね。
さっきも言いましたけど、わたくしはここから出るつもりはありません。絶対に、一生、よ。
せっかくだから理由を書き記しておくわ。
もちろん、この国とあなたに対する復讐よ。
あなたの国はこれからますます発展していくでしょう。
民は豊かで満ち足りた生活を送るでしょう。
……そして滅ぼした国や、慣習を無視して幽閉した王女のことなんて、忘れてしまうでしょう。
でもね、わたくしは思い出させてあげる。
北東の塔を見るたびに、わたくしのことを。大樹を失い流浪の民となったハルンの者たちのことを。
あなたからしたら滑稽で、無意味なことでしょうけれど。
絶対に、絶対に、忘れさせない。
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
なが~いお説教文をどうもありがとう。
一言で言えば、何の実にもならない癇癪より、現実的に民を救う方法を考えろかしら。
正論ね。でもこの復讐はもともとあなた方の国が、戦争を仕掛けてきたことが原因なのだけれど。そこについてはどう思う?
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
嫌よ。読まないわ。
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
あなたへの抗議のために食事量が少なかったわけじゃないわよ。
最近あまり運動していなかったから、お腹が減ってなかっただけ。
とりあえず謝罪は受け取ったわ。
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
ごきげんよう、王様。半年ぶりだけど元気にしてた?
まああなたが元気にしているのは、手紙で知っていたけれども。
…………。
あなたがくれた4冊の「金銀戦争」本、読んだわ。
ハルンの本は、ちょっとわたくしが美化されすぎね。
わたくし、民を守るためにあなたの暴虐に耐えている……わけではないし。
ジオラスの本は、中立な視点で描こうとしていたけれど、ハルン側がペディアの流浪の民を虐殺しつくしたとか、ハルン側の行為をとかく残酷に描いていたわね。
許されないことって言葉が何度、出てきたことやら。
あなたの国……ペディア側の本も同じ。
それにしてもあなた、神格化されすぎじゃない?
あなたのお父様がわたくしのお父様に交渉されて、
あなたのお父様が率いていたペディアの流浪の民を、ハルンへ住まわせていたのに。
幼いあなたが黄金の大樹の啓示を受けて、
わたくしのお父様を説得したことになっているじゃない。呆れすぎて笑っちゃったわ。
あなた、黄金の大樹と会話ができたのに大樹を見つけるまでに何年かかったのだったかしら?
ニュームの本が、わたくしは一番ためになった。
戦争の原因である銀の大樹と黄金の大樹の根の絡み。
地上に隆起するほど絡んでいたなんて、知らなかったわ。
……金の大樹の根が弱っているのを見て、ペディアの民が銀の大樹の根を切ったことも。
ニュームは戦争の原因は、他にもあるって言ってたけど、わたくしはこれだと断じれるわ。
この日、わたくしは大樹の悲鳴を聞いた。甲高くて低い、そして助けを求める声だった。
鍵の娘として当然、お父様に伝えたわ。
お父様は様子見に兵を出し、その兵たちがペディアの民がさらに大樹の根を切ろうとしているところを見てしまったのね。
報告を受けたお父様は恩を仇で返されたと怒り狂い、……近隣の村を襲った。ペディアの民が大勢殺された。
ねぇ、王様。
あなたはこう言いたいの?
わたくしがお父様に報告したせいで、戦が起こったって。
気づかない振りをすればよかったのにって。
それともこうかしら。
金銀戦争はどちらの国も悪かった。悪かったから、もう憎むのはやめなさい?
ねぇ、王様。
どちらも無理な話よ。
あなたは王様で、恩知らずのペディア人だから、分からないでしょうね。
きっと一生、分からないでしょうね。
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
二度と顔を見せないで。
さようなら。
亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
この馬鹿!! 愚か者!! ど阿呆!!
夜中に婦人の寝室に入ってきてなんなの!?
寝顔を見ていた!? 冗談じゃないわ!
さようならという言葉が多少の誤解を生んだのはわたくしが悪かったと思うけれど、あなたはわたくしの尊厳を踏みにじったわ!
夜に寝室に来るなんてふざけるんじゃないわよ……!
わたくしはお前の愛妾なんかじゃない!
もう来るな! お前が来たら舌を噛んで死んでやるから!!
【毎日手紙を書くほど暇な王へ】
久しぶりに手紙を書いてみようかしらという気持ちになったのだけれど、
手紙の書き方を忘れていたわ。
何度もインクを垂らして、書き損じして、ようやくこの手紙を書いています。
あら、インクが垂れたわ。まあこの程度ならいいでしょう。
あなたから毎日送られてきた手紙、さっきやっと読み終わりました。
なんとまあ、3年分よ、3年分。この紙の束で腰掛けでも作れそうだわ。
お姉さまのことや、ハルンの流浪の民のこと……毎月のように教えてくださって、ありがとう。
あなたが自分の日常や思い出話をし始めた手紙は、正直笑っちゃったわ。
だって文字も文章もカチコチの真四角になってるんですもの。
ねぇ、王様。これからまた、時々手紙を送っていいかしら?
あなたもたまにでいいから手紙を頂戴。
お姉さまや民たちのこと、外の世界のこと……あなたのこと、教えて。
最後に、結婚おめでとう。
あなたたちの幸福を祈ってるわ。
3年ぶりに筆をとった亡国の王女より
【黄金の大樹に守られし王へ】
封筒に手紙以外のものを入れるのは、マナー違反だと学ばなかったのかしら。
おほほ、困ったさんだこと。
……次にやったら、今天井から降りてきた蜘蛛を手紙と一緒に入れてやるから。
亡国の王女より
【最近忙しそうな王へ】
誤字が15回。インク垂れ4回。
封蝋の接着ミス2回。
手紙を書くより休むこと。わかった?
目がしばしばしてきた王女より
【10年前まで、幼なじみだった王へ】
最近はしっかり休めているようね。
他国の王女にまで心配かけるなんて、あなたの臣下たちはさぞハラハラしていたことでしょうよ。
ああ……それでね。
最近、大樹の葉の色が濃くなってきたじゃない?
前にも書いたと思うのだけれど、ここの窓からは黄金の大樹が見られるのよ。
その向こうに、クレク山もちらっとね。
……あなたがハルンにやってきたのも、今の季節だったなって、ふと思い出したの。
勘違いしないで。あなたのことはまだ憎いわ。もう幼なじみだなんて思ってない。
でも、あなたとは15歳になるまでずっと一緒だった。
あなたはわたくしの、友だった。幼なじみだった。
遠い昔の、物語のように思うけれどね……。
友であり、幼なじみであった王女より
【ペディアの王様へ】
お姉さまからのお手紙、大切に読みましたわ。
ジオラスの実権をほぼ掌握したというのは、本当なの?
他国人がそんなこと……まあ、お姉さまならできそうね。
……お姉さまのご提案、受けようと思うの。
ジオラスに行くわ。
ハルンの王女より
【王様へ】
大丈夫よ。熱が出ただけ。
でも完治には時間がかかるらしいわ。
王女より
【王様へ】
はいはい、安静にします。
王女より
【おうさまへ】
だめ。来ないで。
来たら舌を噛むわ。
おうじょより
【心配性の王様へ】
まずは滋養のつく食べ物と、最高のお医者さまをありがとう。
でもこれだけははっきり言っておきます。
あなたは、わたくしのことを心配しすぎ!
いい? わたくしはあなたの子供でもないし、敵国の王女の。過剰な心配は迷惑よ。
あなたはあなたの家族や、民を一番に考えなさい。
……。
白窓花、ありがとう。よく見つけてきたわね?
回復中の王女より
【ペディアの王へ】
お姉さま宛に手紙を書いたの。
なんだか妙な気分。あなた以外に手紙を書いたのが、とっても久しぶりだからかしら。
この手紙と一緒に送るから、どうかジオラスに送ってね。送らないと許さないわよ。
ハルンの王女より
【アイルへ】
来ないで。見られたくない。
さようなら、どうかお元気で。
ニゲラより