第6話:ジェントルメン
【ジェントルメン】
好みというものは間違いなくあるが妻はジェントルメン的行為を受けるのが好きなようだ。なにしろお姫様扱いされたいらしいがまったく、いくつだと思ってるんだ。
というかこの日本でジェントルメン的行為をする機会ってどれくらいあるのだろうか。
しかし妻が喜ぶならなってみせよう、ジェントルメンに。
もともとそういう行為が好きなのはある。だから妻との需給が合致したと言えばそうなのだろう。
おそらく世の中の夫、もしくは彼氏的立場の者が意識しないで日常的におこなっているジェントル行為というのはたくさんあるのだと思う。
例えば扉を開けてエスコートする。道路では車道側を歩き、買い物の荷物は全部持つ。足が痛いと言われればお姫様抱っこをしたり、寒いと言われれば震えてでも上着を貸す。船やバスに乗り降りするときは必ず手を引く。だがそうじゃない、妻が望むジェントル行為とはもっと「特別感」を感じるものなのではないか。
公園のベンチに座るときにハンカチを敷いたり(なにィ!? ハンカチを持っていないだと? ならば上着を敷きたまえ)、レストランで椅子の背を引いたりするやつだ。
そんな中、「えっ、そんなのがいいの?」と感じるジェントル行為もある。
初めてのデートでレストランの食事を終えたとき、店員に挨拶をして店を出ようとする私をうろたえた妻が呼び止める。
「お勘定は?」
「もう払ったからいいよ」
妻がトイレに行った隙に支払いは済ませていた。
「そんなことする人、初めて見た……」
いたく感動されてしまったが、飲み会などの幹事は日常的におこなっている行為ではなかろうか。ともかく、これはジェントルチャンス! こんなに感動されるなら毎回やってやろうではないか。そこが喫茶店だろうがファミレスだろうがラーメン屋だろうが構うものか。
「お手洗い行ってくるね」
妻が席を立つ。ジェントルチャンスがやってきた。ところが妻は言うのだった。
「荷物置いていくから見ててね」
な・ん・だ・と?
妻は上着と財布入りのバッグを置いて行ってしまった。くっ、これでは身動きが取れないではないか。これが高級レストランならウェイターを呼んでカードを渡し、その場で支払いを済ませられるがここはただの喫茶店、レジまでの距離が遠い……。
では荷物を持って支払いを済ませ、また戻ってくるのか。いや、そんなことをすれば食事を終えたと思われテーブルを片付けられてしまうのがオチだ。なんならやってきた次の客に座られてしまう危険もある。
身動きが取れないまま、妻が帰ってきた。
「……じゃあ、そろそろ出ようか」
私の言葉にジェントルできなかった悔しさがにじみ出ていた気がする。
ああ、ジェントルメンへの道は遠い。
次回、プレゼントの花束。お楽しみに。