第5話:結婚のあいさつ
【結婚のあいさつ】
人生における「絶対に負けられない戦い」のひとつ。
「娘さんを私に下さい」というのがテンプレートだが、そんなことを言えば「娘はモノじゃない」なんて怒られるのだろうか。では「娘さんと結婚させてください」だろうか。
ともかく、私にも人生最大の戦いがやってきた。
妻との結婚が決まると、まず行わなければいけないのはお互いの両親へのあいさつだった。
だが私の両親はどうでもいい。妻にも「何も問題ない」と伝えたし、第一、私が選んだ人を拒否なんてさせないし、万が一拒否したら親子の縁を切るまでだから。だが問題は妻の両親に私が気に入ってもらえるかどうかだった。
これは入念なリサーチが必要だ。
妻の実家の家族構成、両親の好物、好まれる話題、避けるべき事柄、いつでも言えるような妻の美点、万が一ケンカになった時の対応、それでも結婚する覚悟、トイレに行かなくても済むような体調管理・・・。
それはもう、考えられる限りの準備をする。
「大丈夫だと思うよ、多分」
笑顔の妻が言うが、多分があったら困るんだ、多分が。
「お父さん、昔は待つのがキライでね、回転ずしが混んでて入店に10分待たせたって大喧嘩して帰ったことがあるんだよ」
え!? そんな人と対峙するの!? 全然大丈夫じゃないんだけどそれ。
「どんなに遅くなっても泊まりは許してくれなかったし、駅まで暗いからって毎回迎えに来てくれて」
え!? かなり過保護なんじゃないの? これ、殴られるパターンもあるんじゃないの!?
なまじ想像力があるだけに嫌な展開が頭をよぎる。
「大丈夫だって、昔は怒りっぽかったけど」
一言多いよ!
絶対に落としたくないとき、私は念には念を入れる。この時も妻にプロポーズするずっと前から計画を練っていた。なんならPCに書いたタイムスケジュールと挨拶文が今でも残っている。噛まないように何度も暗唱して言葉を体に叩き込む。原稿があるなどと微塵も悟られてはならない。
そうして万端の準備を終え、妻の家のチャイムを鳴らす。
なにしろ第1印象が大切だ。スーツも、ネクタイも、髪型もオッケー。「挨拶」「お土産を渡す」「靴をそろえて入る」「ご両親が揃ったところで改めて挨拶」、「挨拶」「お土産を渡す」「靴をそろえて入る」「ご両親が揃ったところで改めて挨拶」、「挨拶」「お土産を渡す」「靴をそろえて入る」「ご両親が揃ったところで改めて挨拶」、いかん挨拶文を忘れそうだ。結びの言葉は「娘さんをください」じゃなくて「娘さんとの結婚を認めてください」だ。私という人間を受け入れてもらうんだ、ぬかるなよ!
扉が開き妻の父親が姿を見せる。
「おお~来たか! これから娘をよろしくな~」
「あ、え? ……はい」
ここから改めて何を言えというのか。
もう2回続きます。次回、ジェントルメン。お楽しみに。